生きづらさがあっても、“自分がやりたい仕事ができる社会”へ。パパゲーノ代表 田中康雅さんのAI×就労支援

「働きたいのに、続ける自信がない」
体調の波やメンタル面の不調、生きづらさを抱えながら働く人は、決して少なくありません。特に20代は“理想のキャリア像”を求められがちですが、毎日同じペースで働くことが難しい人も多く、焦りだけが積み重なってしまうこともあります。
そんな中で、就労継続支援B型とAIを掛け合わせて、障害のある方の「できる働き方」を広げているのが、パパゲーノ代表・田中康雅さんです。
AIが支えることで広がる“自分に合った働き方”とはどんなものか。今回お話を伺いました。
株式会社パパゲーノ
代表取締役CEO 田中 康雅(たなか やすまさ)
ヘルスケアスタートアップでの事業開発、神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科でのメディアと自殺に関する研究を経て、2022年にパパゲーノを創業。「リカバリーの社会実装」を目指して、就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Recovery」の運営や支援現場向けDXアプリ「AI支援さん」の開発を中心に、障害福祉業界のDX・AI活用に尽力。国や自治体との協働、「AI福祉ハッカソン」による支援者のAI活用スキルの育成、障害福祉業界のDX実態調査・政策提言など多数の実績を持つ。2025年3月に書籍「生成AIで変わる障害者支援の新しい形 ソーシャルワーク4.0」を出版。2025年に株式会社ケアのバトンを設立。
なぜ就労支援とAIを組み合わせたのか。田中さんの原点
編集部田中さんは就労支援とAIの会社「パパゲーノ」の代表として動かれていますが、そこにたどり着くまでの流れを、教えてもらえますか?



今は大きく二つの事業をやっていて、一つが「パパゲーノ Work & Recovery」という就労継続支援B型事業所の運営です。東京都から許認可を受けて、今は3拠点、八幡山・下高井戸・用賀でやっています。そこでは100名以上の障害のある方、企業で働くのがなかなか難しい方が通っています。企業からデータ入力やホームページ制作、コンテンツ制作など、DXに関わる仕事を受託して、いろんな方が関われるように業務を整理して提供しています。





ありがとうございます。数字だけ聞くと大規模ですが、扱っている仕事の種類がすごく幅広いですよね。B型の現場で、ここまで専門的な業務を扱えるのは珍しい気がします。



もう一つが「AI支援さん」というアプリケーションの開発です。介護や福祉の現場で、手軽にAIを使えるようにするツールですね。実はこのAI支援さんの開発や営業、導入支援にも、一部で障害のある方が貢献しています。





就労支援とAIツール開発、かなりユニークな組み合わせですよね…!そもそも、こうした領域に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?



大学生の頃から、メンタルヘルスや心理学、自殺予防の領域に興味があったんです。そこに貢献したい、という思いはずっと持っていて…。その後、ヘルスケア系ベンチャー企業で4年間働いてから起業しました。創業した直後は、企業さんのDXコンサルをやりつつ、精神疾患や精神障害の当事者の方の体験談を題材に、一緒に絵本や音楽作品、絵画作品を作って個展を開く、というプロジェクトをいくつかプロデュースしていました。



当事者の方と、けっこう深く関わっておられたんですね。



そうですね。「その人がやりたい挑戦を、一緒に形にしていく」ということをやっていました。仕事というより、世の中に対する違和感に向き合う活動に近かったと思います。



今の20代も、「人の役に立ちたいけど、どう仕事につなげればいいかわからない」という人が多いです。田中さんも、最初から今の形が見えていたわけではなかったんですね。



全然見えていなかったです。とにかく「今の自分にできること」を重ねていった結果が、今の事業につながっている感覚ですね。キャリアも同じで、最初から正解ルートを探すのではなく、今の場所でできる行動から始めるので十分だと思います。


「PC仕事ができるB型はわずか7.5%」現場で見えたギャップ



就労継続支援B型に本格的に取り組もうと思ったきっかけは、どんな出来事だったのでしょうか。



絵本制作を一緒にした統合失調症の当事者の方が、たまたま就労継続支援B型の事業所に通っていたんです。そこで初めて「就労継続支援B型」という言葉を知って、制度を調べ始めました。その方とは毎週のようにビデオ通話で企画会議をして、1〜2ヶ月で絵本を作って、クラウドファンディングもやって。すごくバイタリティのある方でした。でも、その方が通っているB型事業所では、農作業や段ボールを折る軽作業しかできないと聞いて、正直驚きました。



それだけ能力があるのに、選択肢がそこしかない、ということですよね。



そうなんです。「そんなに少ないの?」と驚いて調べてみると、就労継続支援B型は全国に1.5〜1.7万事業所ぐらいあるんですが、パソコンを使った仕事ができるところは7.5%ぐらいと言われていて。しかも、その7.5%の中には「古いパソコンが1台だけ置いてある」という場所も含まれているんです。



数字以上に、実際にパソコン仕事ができる事業所は少ないわけですね…。



そうですね。僕たちが2年前に杉並区で就労継続支援B型の事業所を開設した時も、区内にはすでに30〜40ほど事業所がありました。ですが、その中で「パソコン仕事に特化しています」と言えるところは、パパゲーノともう一つあるかないか、という状況でした。地方だけの話ではなく、東京でもニーズに対して提供が全然足りていないのが現状です。



働きたいのに、体調や事情でフルタイムは難しい人たちにとっては、大きな機会損失ですよね。



そう思います。A型は企業と雇用契約を結ぶ働き方ですが、B型は契約を結ばず、そもそも雇用で働くことが難しい方が対象なんです。入退院を繰り返していたり、週1回しか通えなかったり、体調の波が大きい方もいます。コミュニケーションが苦手だったり、トラウマの影響で自分を責めすぎたり、逆に強く出てしまう方、発達特性で意図を読み取りにくい方もいます。



いろんな背景を持った方が、「無理のない形で働きたい」という思いを持って集まっているんですね。



そうなんです。B型は“雇用ではなく支援”として位置づけられているので、基本的に選考で合否をつける仕組みがありません。体調や通所ペースが不安定な方でも受け入れることを前提とした制度なんです。だから僕たちは「採用する」というより、来た方が働ける環境をどう作るかに重心を置いています。できることは人によって違うので、仕事を細かく分けたり、関わり方を調整したりして、その人なりに貢献できる状態を整える。それが支援側の役割になります。
何度質問してもいい。「仕事相談BOT」で作業が中断しない環境づくり



パパゲーノさんでは、AIをかなり実務に取り入れていると伺いました。現場ではどんな仕組みになっているんでしょうか。



チャットツールの中で業務ごとにチャンネルを作っていて、その業務マニュアルを読み込ませたAIチャットボットを用意しています。僕らはこれを「仕事相談ボット」と呼んでいて、利用者さんは、そのボットに何度でも質問できます。もちろん最初の1〜2日はスタッフが横につきますが、慣れてくると自分でAIにどんどん質問して進められる方が増えてきます。



すごく画期的ですね。人に聞きづらいことも、AIなら聞きやすそうです。



そうなんですよ。特に画像が効きます。作業画面のスクリーンショットを撮って、チャットに貼って、「ここからどうしたらいいですか」と聞いてもらうんです。言葉にするのが難しい方でも、画像を送るだけならできる。AI側も画像を読み取って「このボタンを押してください」と具体的に案内できます。



言葉にしづらい部分を画像で補えるのは、大きな助けになりますね。作業が止まりにくくなる分、利用者さんの自信にもつながりそうです。



福祉介護の現場では、「AIがすごいのは知っているけど、日々の業務に落とし込めない」という声をよく聞きます。そこで僕たちは、今使っているExcelの書類をそのまま活かして、面談の録音ボタンを押すだけで、AIが書類の下書きを作ってくれる仕組みを作りました。こうした形なら、現場でも無理なく使えると思ったんです。



その裏側の「テンプレート登録」や「AIへの指示出し」は、障害のある方が担っているんですよね?



はい。WordやExcelの書類テンプレートをAI支援さんに登録する作業や、「どんな指示をAIに出すか」を細かく設定するプロンプト作成を、障害のある方が担当しているケースもあります。



正直、「そういった方たちには難しいのでは」と思い込んでいましたが、今のお話を聞くと、健常者と変わらない、むしろそれ以上の仕事をされていますね。



実際、障害者就労の現場で意外だったのは、作業能力の低さが原因で働けずに困っている人はほとんどいないということです。問題になるのは、体調やコミュニケーションの部分であることが多い。なので、AIに聞ける環境があるだけで、仕事の幅はかなり広がります。



わからないことを毎回スタッフに聞かなくていい、というのは、自己肯定感にも効きそうですね。



そうですね。これまでは、その人専用にルビ付きマニュアルを作る、みたいな支援が必要でした。でも現場にはなかなか余裕がなくて、「新しい仕事は任せづらい」となっていたところを、ChatGPTのようなAIが補ってくれる。ひらがなで「おしえて」と打つだけで、全部ひらがなで手順を書いてくれることもできます。



それは現場の負担がかなり減りますよね。20代の読者にとっても、「質問しづらさ」をAIで減らしながら仕事を覚える、という発想はかなり使えそうです。AIをうまく頼ることが、むしろ成長の近道になるのかもしれません。
支援の未来をひらく3つの挑戦|拠点拡大・AI活用・当事者との事業づくり





ここまで聞いていると、AIと人のサポートがいい形で循環している印象があります。事業としてのこれからの展望も、ぜひ教えてください。



大きく3つあります。1つ目は、パパゲーノ Work & Recoveryの拠点を増やすことです。今3拠点ですが、毎月10名、20名と利用希望をいただいていて、数ヶ月後には満席になりそうです。ニーズに応えるために、4拠点目の立ち上げを準備しています。



必要としている方がそれだけ多いということだと感じます。拠点を増やす以外にも、今後取り組みたいことがあるとおっしゃっていましたよね。



はい。2つ目は、「AI支援さん」を導入してくれる事業所を増やすことです。現場の支援者さんも、本当にサービス残業で回しているような状態の方が多いので、AIを活用して支援の幅を広げたい。厚生労働省の省力投資促進プランでも、福祉業界のDXの好事例として取り上げていただきました。



制度面や自治体との連携も増えていると伺いました。



最近は政治家の方が事業所を視察に来てくださることも増えてきました。自治体のルールがボトルネックになって、障害のある方に不利益になっていると感じる場面もあります。というのも、よくよく見ると、「昔のルールを誰も見直していないだけ」というケースも多いんですよね。だからこそ、現場で見えている課題を行政に届けて、制度を少しでも良くしていくことも、自分たちの役割だと思っています。



現場だけでなく、社会のルールそのものを良くしていこうとされているんですね。



そうですね。3つ目は、202年9月に立ち上げた「ケアのバトン」という新しい会社です。この会社は精神疾患の当事者の方2人と、3人で設立しました。介護・福祉の事業承継を支援するマッチングサイトを作ったり、買い手と売り手のマッチングを手伝ったりする事業をやっていきます。



当事者の方と一緒に新しい会社を立ち上げたんですね。それは大きな挑戦だと思います。事業承継の支援は、今まさに必要とされている領域ですよね。



介護・福祉は廃業件数が過去最多になってきているので、そこを支える仕組みが必要だと思っています。その過程で、就労継続支援B型に仕事を発注することもありますし、何より創業メンバーとして障害当事者が入っているので、当事者の視点が福祉の未来にストレートに反映される形を作りたいんです。



「障害があっても、会社を作って業界を変えていける」。その姿自体が、多くの人の働き方のイメージを広げてくれそうです。AIをうまく使えば、20代の私たちも、自分の弱さを活かせるキャリアをつくれるかもしれませんね。
迷う20代へ。「今できる最大限」からキャリアは動き出す





当事者の方と未来をつくっていく姿勢に、とても勇気をもらいました。働き方に悩む人にとっても、大きな示唆がある話だと思います。では最後に、まだ“自分の軸”が見つかっていない20代へ、一言いただけますか?



僕自身、就職活動の時は本当にうまくいきませんでした。百社くらい応募して、面接にも進めない、内定も出ない。たまたま最後のほうで内定をもらえたヘルスケア系ベンチャーに入った、という感じです。



今の田中さんからは想像がつかないエピソードです。



当時は自分に何ができるか全然わかっていなかったです。でも振り返ると、「今の自分にできる最大限の行動をし続ける」ということだけはやってきたなと思います。今いる環境で、自分が取りうる選択肢は何か。その中で「一番、人の役に立てそうだな」「一番、自分が楽しそうだな」と思うものを選んでやってみる。行動していく中で、少しずつ選択肢が広がっていきます。



今の若い世代はいきなり「イーロン・マスクみたいにならなきゃ」と、ゴールを高く置きがちかもしれません。



そうですね。でも、いきなりそこを目指さなくていいと思うんです。僕もそうですが、多くの人は「今できること」を積み上げる中でしか、次の景色は見えません。パパゲーノの利用者さんも同じで、最初から就職を目指していない方もいます。それでも、日々の仕事を通して「ありがとう」と言われる経験を重ねることで、「自分にもできることがある」と少しずつ思えるようになっていく。



その積み重ねが、自分を見る目まで変えていくんですね。いきなり大きな目標を持てなくても、目の前の一歩で状況が動くというのは、働き方に悩む20代にもすごく救いになる気がします。



仕事って、誰かの役に立つことで自分の存在を確かめる行為だと思うんです。だから、「今の自分にできる最大限」を一緒に考え続ける場所を、これからも増やしていきたいですね。



就活がうまくいかない時も、体調に波がある時も、「今できる最大限」を探せばいい。そう考えると、少し前向きになれますね。今日のお話を通して、「できないこと」ではなく「今できること」に目を向けることで、働き方もキャリアも少しずつ広がっていくんだと感じました。田中さん、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。








