「沖縄から、日本を熱くする。」株式会社びねつ 髙嶺社長の”走って転んで学ぶ”キャリアの考え方

地方で働きながら、「給料は低いのに家賃は高い」「東京と比べてチャンスが少ない」と感じて、転職相談をくださる方が少なくありません。
真面目に働いているのに、この先どんなキャリアを描けばいいのかわからない…。そんな不安を抱えたまま、毎日仕事に向かっている人もいるでしょう。
そうした悩みに真正面から向き合い、沖縄を拠点に、「人と人、人とコト、人をつなげたい。」という理念で走り続けているのが、株式会社びねつ 代表取締役社長の髙嶺克也さんです。
今回は、東京の広告代理店からキャリアを始め、コロナ禍のどん底でも走るのをやめなかった髙嶺社長に、地方からキャリアを切りひらく考え方を伺いました。
株式会社びねつ
代表取締役社長 髙嶺 克也
沖縄県出身。東京の求人広告代理店で新規事業などを担当したのち、沖縄へUターン。観光メディア企業での経験を経て、地方の情報格差や賃金格差を痛感し、株式会社びねつを設立。インターネットとアイデアで情報を「無料化・最新化・最量化」し、一人でも多くの人に新しい出会いと気づきを届けることを目指す。沖縄から日本を熱くするべく、地域課題の解決と新たなパートナーシップづくりに挑戦を続けている。
東京の広告代理店から、沖縄で立ち上げるまで

編集部沖縄という地方から、ここまで事業を広げてこられた髙嶺社長。まずは、そのキャリアのスタート地点からお聞きしたいです。新卒の頃はどんな仕事をされていたんでしょうか?



新卒では、東京でリクルート系の求人広告の代理店に入りました。担当業務は、求人広告の営業と取材、企画ですね。総合広告代理店だったので、求人だけじゃなくてウェブやイベントなど、他の広告も一通りやっていましたね。



広告の代理店というと華やかなイメージもありますが、その後リーマンショックや震災もありましたよね…。



そうなんです。広告代理店って自社商品を持っていないので、景気が悪くなると一気に広告出稿が止まってしまいます。リーマンショックの時も、3.11の時も、広告が全部ストップしてしまって…。何十人もリストラされたのを目の当たりにしました。



それは…かなりショックな経験ですね…。



はい。「自社で運営できるメディアや商品を持っていないと、最悪、会社ごと飛ぶんだな」と痛感しました。そこで当時、新卒で入社した広告代理店のなかで、同じ部署のメンバー3人と新規事業を立ち上げて、いろいろ試し始めたのが今につながっています。東京ではトータル15〜16年くらい新規事業を担当していました。



同じ会社でそんなに長く働くって、相当すごいことですよね。でも、東京で長らくバリバリやっていた髙嶺社長が、沖縄に戻るきっかけは何だったんでしょう?



沖縄出身なんですが、地元のお墓を守らないといけないというのもあって、沖縄に戻り、観光メディアを運営している会社に入社しました。



沖縄は、観光が最大の産業ですよね。ちなみに東京と沖縄、働き方のギャップは感じましたか?



感じましたね。就職して1年ぐらいで、「仕事に対するモチベーションや熱量が東京と全然違うな」と思いました。給与もほぼ半分になりましたし、仕事が残っていても早く帰る。納期や売り上げに対する感覚も、正直かなり違いました。



「沖縄時間」という言葉がありますが、良くも悪くものんびり穏やか、という空気なんでしょうか。



そうですね。正直、そこに馴染めなくて。「だったら自分でやった方がいいな」と思って独立しました。それが株式会社びねつの立ち上げにつながっています。



東京のスピード感に慣れている20代が地方に転職した時も、髙嶺社長と同じようなギャップを感じるかもしれませんね。



そうかもしれません。ただ、そこで文句を言うだけだと何も変わりません。環境のせいにしないで、「じゃあ自分はどう動くか」を決めないといけないですね。
沖縄で見た「情報と賃金の格差」と、びねつが背負ったテーマ



びねつの理念には「人と人と、人とコトをつなぐ」とありますよね。この言葉に込めた背景を教えていただけますか?



そうですね。沖縄に戻って、まず感じたのが「情報格差」と「賃金格差」です。東京と比べて、情報は2〜3年遅く、広告単価は桁が二つ違うと言われるくらいです。それに、沖縄は那覇市内の家賃が本当に高いので、給料が安いと生活がカツカツになります。



生活が苦しいと、子どもの教育にも影響が出てしまいますよね。



そうなんです。塾に行けない子どもが増えて、進学率が下がる。結果として貧困の連鎖が続く。離婚率も日本で一番高いですし、いろいろな負のループを数字でも現場でも見てきました。



ニュースでは聞くものの、現場で見ると重さが違いそうです…。



でも今はスマホも普及してきました。インターネットがあるいまだからこそ、地方にもチャンスがあるはずです。だから「人と人と、コトをつなぐ」という理念を掲げて、仕事を組み立てています。



数字で聞くとかなりシビアなお話ですが、同時に希望も感じました。この現実と向き合ってきた髙嶺社長だからこそ伺いたいのですが、沖縄に限らず地方で働く20代の方には、どんなふうにこの現実を捉えてほしいですか?



「地方だから無理」と決めつけないでほしいですね。情報も仕事も、取りに行けばちゃんと選べる時代です。場所のせいにせず、「この町で誰をどう幸せにできるか」を考えると、評価もやりがいも変わってきます。
「カロリパークス」に全てを賭けた決断



びねつさんは今いくつかの事業を展開されていますが、とくに一番力を入れているのはどの事業ですか?



今は「カロリパークス」に力を入れています。人材系の事業もやっているのですが、実はコロナの時に求人サイトもエージェントもボロボロになってしまって。



求人ニーズ自体が止まってしまった感じでしょうか。



そうですね。そのタイミングで銀行からお金を借りて、全部「カロリパークス」の開発に投資しました。「これが失敗したら飛ぶ」という覚悟で作ったサービスです。



相当な意思決定ですね…!その「カロリパークス」は、具体的にはどんなサービスなんでしょう?



歩くことと日々の支出を通じて、健康と生活の両方を支える福利厚生アプリです。スマートフォンと連携して歩数を自動で計測し、貯まったポイントは抽選でPayPayポイントに交換できます。さらに社内ランキング機能もあり、楽しみながら健康づくりに取り組める仕組みになっています。また、カロリパークス会員向けの機能として、レシート買取機能も用意しています。日々の支出がポイントにつながるため、健康だけでなく生活面でも使い続けやすい設計を意識しました。



すごい…!画期的ですね…!



加えて、健康管理をより具体的にサポートする機能もあります。食事の写真を撮るだけで、AIがカロリーを推定し、朝食・昼食・夕食・間食など1日の食事内容と合計カロリーを自動で記録できます。これにより、無理なくカロリー管理ができるようになります。さらに、健康診断や人間ドックの結果を取り込み、数値をグラフで見える化できる点も特徴です。過去の診断結果もまとめて管理でき、再検査が必要な項目については自動でアラートが届くため、受診忘れを防ぐことにもつながります。定期健診の時期も通知されるので、日常の中で自然に健康管理を続けられるサービスだと考えています。







ゲーム感覚で健康になれる仕組みなんですね。さきほど、「レシート」とおっしゃったのは…?



はい。この「カロリパークス」でできることは、歩数やカロリーの計算だけではありません。従業員が自分のレシートを買い取ってもらえるという最大の特徴があるんです。



それはすごく面白いですね!従業員としてはお小遣い稼ぎになるし、企業としては、その収集したデータを活用できる、ということですね。



そうです。買い取ったレシートから生活データを蓄積していきます。家族構成、エリア、ガスや電気、ガソリン、ホテルやテーマパーク、コンビニでいくら使っているか。15項目くらいのデータが見えるようになっています。こういったものをビッグデータとして次のプロダクトにつなげていきたいと考えています。たとえば、コロナ禍を経て映画館の利用が減少し、動画配信サービスの利用が増加しているという情報も、データから見えてきます。



レシートって、生活の「鏡」ですもんね。



そうですね。でも、実は…。今でこそ多くの方にご好評いただいてますが、今の「カロリパークス」に至るまでは、苦悩の道のりがありました。



と、言いますと…?



実は最初は、地元の飲食店や小売店さんに加盟してもらって、社員さんがそこで使える福利厚生クーポンを配る仕組みとしてスタートしたものなんです。



歩数やレシート買取の前身は、クーポンだったということですね。



そうです。でも、そのクーポン事業で散々失敗したんです。加盟店にクーポンを用意してもらっても、月に1件来るか来ないか。アルバイトさんも「これ使えるんだっけ?」とわからない。コロナで加盟店が一気に潰れたりもしました。



そうだったんですね…。相当大変だったんだなと思います。でも、「早く失敗して学びきる」って大事ですよね。



本当にそうです。うちも「早めに転んで怪我しよう」というのを大事にしています。若いうちに擦り傷だらけになっておくと、後から大きな怪我をしなくて済みます。仕事でも、「失敗しないように」と縮こまるより、早く転んで立ち上がる人の方が成長は早いと思うんです。
走って頭を空っぽにする。しんどい時期の乗り越え方



コロナ禍のどん底で、会社を畳む選択肢もゼロではなかったと思います。それでも踏ん張れた一番の理由は何だったんでしょう?



従業員がいるからです。「絶対に潰してはいけない」という思いが一番強かったですね。もし一人になっても事業は続ける。それは最初から決めていました。



とはいえ、メンタル的にきつい時期もあったのでは…?



ありましたよ。残高がガンガン減っていくのを見ているのは、なかなかきついです。その中で自分の機嫌を取るためにやっていたのが、朝5時から走ることでした。



走る、ですか?



ある程度のスピードで走ると、人間って呼吸する以外考えられなくなるんです。嫌なことばかり考えてしまうループを、いったん切るにはちょうどいい。ナイキの創業者も、ボロボロになった時期にずっと走っていたと昔読んだことがあって、「じゃあ自分もやってみよう」と。



なるほど。部屋でうずくまって考え続けるより、ずっと健全ですね。



そうですね。自分の部屋でじっとしていると、マイナス思考はどこまでも深くなります。走るでも、泳ぐでも、何でもいいので、まずは体を動かした方がいい。そうして頭を空っぽにして、そこからもう一度自分が目指したい姿を考えた方が、仕事の選び方も変わると思います。



落ち込んだときほど、机にしがみつくより「一回体を動かす」。この切り替えができると、仕事でも立て直すスピードが全然違ってきそうですね。
動物園みたいな職場で、「早く転んで素直に学ぶ」



今、びねつさんは仲間も増えて、東京での展開も始まっているとのことですが、現場の雰囲気はどんな感じなんでしょう。



みんなよく喋りますね。雑談も多いですし、いろんなタイプが集まってきていて面白い雰囲気だと思います。僕の理想は、もっと「動物園みたいな会社」にすることです。放任という意味ではなく、それぞれの個性がちゃんと活きていて、みんながワイワイ喋っている状態がいいですね。意見がない人はちょっと厳しいなと感じてしまいます。



髙嶺社長ご自身も、若い頃からかなり前に出ていくタイプの営業だったそうですね。



そうですね。僕はずっと営業畑で、若い頃はかなり生意気でした。数字は取れるけど協調性ゼロ。最年少でマネージャーになったのに、上司に噛み付いて、妙に在任期間の長いマネージャーになったりもしました。



そこからどうやって変わっていかれたんですか?



途中で心を入れ替えました。「自分が売る」のではなく、「メンバーにどう売ってもらうか」を考えるようになってからは、いろんな人に素直に教えてもらえるようになりましたし、部下の数字も上がりましたね。



今、採用も強化されていると伺いましたが、どんな人と一緒に働きたいですか?



一言でいうと、「素直に行動できる人」です。素直じゃないと成長しないですから。営業でもエンジニアでも、まずはそこが一番大事です。



スキルよりも、姿勢なんですね。



はい。未経験でもいいので、報酬が発生している「プロ」としての意識を持てるかどうか。そこがある人は、ちゃんと動きますし、伸びます。実際に、売れている営業の録音をとにかく聞いて、素直に真似して行動する子は、上場企業で営業していた部長よりも売り上げを上げたりしていました。新卒2年目くらいでしたけど、「この子は全然違うな」と感じました。



ここまでのお話を聞いていると、「早めに転んで素直に学ぶ」がキーワードだと感じました。そんな考え方を踏まえて、最後にキャリアに迷うビジネスパーソンに向けて、髙嶺社長なりのメッセージをお願いできますか?



そうですね。僕は、仕事は「目指す姿を現実にすること」だと思っています。新人でも役員でも、みんなプロ契約をしているイメージです。大谷翔平さんだって、いい時も悪い時もある。急に成長する人なんていません。でも、どんな時もプロとして高みを目指そうという気持ちを強く持っていると思います。



たしかに、成長って直線ではないですよね。



成長曲線は、綺麗な右肩上がりじゃなくて、一回落ちて一気に上がるものだとも思うんです。だからこそ、「まず始める」「続ける」「早めに転んでおく」。この三つを意識してほしいですね。大体みんな失敗します。だからこそ、怖がらずに早く転んで、素直に学び続けてください。若いうちの失敗は擦り傷で済みます。怖いのは、何もしないまま歳を重ねて、大怪我をすること。走って、転んで、また走る。その繰り返しを楽しんでほしいですね。



今日は、沖縄の厳しい現実を受け止めながらも「環境のせいにせず、自分で仕事をつくる」と決めて走り続けてきた髙嶺社長の姿勢が強く心に残りました。うまくいかない時期こそ走って頭を空っぽにし、プロ契約の一人として早めに転んで素直に学び続ける。その覚悟こそが、地方にいても自分の目指す姿を現実に変えていく力になるのだと感じます。髙嶺社長、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。








