動物にも飼い主にも寄り添いたい|アンジェス動物病院・朝岡院長の「命と心を同時に診る働き方」

動物が好きで、いつかは仕事にしてみたい。そう思いながら、「自分に命をあずかる仕事が務まるのか」と立ち止まってしまう20代の方は少なくありません。

そんな迷いに、長年ペットと飼い主さんの両方の心に向き合ってきたのが、株式会社アンジェス/アンジェス動物病院の朝岡紀行(あさおか もとゆき)院長です。

ご自身の病気の経験から始まり、ホリスティック医療や犬の保育園事業まで広げてきた歩みから、「好き」を無理なく仕事に近づけるヒントを伺いました。

明日から人や動物にどう寄り添うかを考えるきっかけが見えてきます。

お話を伺った人

株式会社アンジェス /アンジェス動物病院

代表取締役/院長 朝岡 紀行

1997年、麻布大学獣医学部獣医学科卒業。2003年に神奈川県茅ケ崎市でアンジェス動物病院を開院。自身の病気の経験から「声を聞き、心に寄り添う医療」を志し、西洋医学に加えて漢方薬や鍼灸、メディカルアロマなどを組み合わせた統合医療を実践している。ホテルやトリミング、「わんわん保育園」なども併設し、ペットと飼い主が日常的に相談できる場づくりに取り組む一方、スタッフとの関係づくりに悩んだ時期をきっかけにマネジメントも学び直し、人と動物の両方に寄り添う病院づくりを続けている。

目次

中学生の時に決めた「獣医になる」

編集部

朝岡院長は、中学生の頃に「獣医になる」と決めていたとのことですが、なぜそんなに早く心が決まったのかが気になっていて…。詳しくお話を聞いてもいいですか?

朝岡院長

一番のきっかけは、自分自身の病気なんです。中学生の頃、手のひらに汗をかきすぎてしまう体質で。今で言う手掌多汗症(しゅしょうたかんしょう)ですね。ノートが破けるくらい濡れてしまったり、答案用紙もグシャグシャになるくらいで。握手をするのも怖くて、「気持ち悪いと思われるんじゃないか」と、思春期にはかなり悩みました。

編集部

それは、とてもつらいですよね…。病院もたくさん回られたんですよね。

朝岡院長

そうなんです。近くの皮膚科から始まって、自律神経内科、大学病院まで4〜5か所は行きました。でも「気にしすぎだよ。大人になれば治るよ」と言われるだけだったり、大学病院では珍しい症例として研修医に囲まれて写真を撮られたりしました。その時、「自分は普通じゃないんだ」と烙印を押されたような気持ちになって、自尊心がすごく傷ついたんですね。

編集部

そこで、「医療って何なんだろう」と感じたわけですね。

朝岡院長

はい。そんな時に、難病相談の場で出会った鍼灸師の先生が、開口一番「あなたの病気は人に伝わりにくいから、一人で悩んできて大変でしたね」と言ってくださって。それだけで、心がスッと軽くなったんです。どんな名医より、その一言で救われました。「声なき声を聞き、心に寄り添うことこそ医療なんだ」と思って、医療の世界に興味を持ったんです。

編集部

そこに、もともと「動物が好き」という気持ちも重なっていったわけですね。

朝岡院長

ええ。動物って、言葉を話さないですよね。その代わり、しっぽや目線、耳や体の向きなど、行動でいろいろなことを伝えてくれます。当時、動物行動学を通じて、そういった非言語のサインに惹かれていきました。人間も同じで、言葉にはしないけれど、心の奥に抱えている思いがある。そこに寄り添いたい。その思いと、動物への興味がつながって、「獣医になろう」と決めたのが中学2年生の時でした。

編集部

中2でそこまで決めてしまうのはすごいです…。その後の進路は、全部そこから逆算していかれたんですか?

朝岡院長

はい。この高校に行って、この獣医大学に入って、国家試験に受かって…と、全部逆算で考えて進みました。途中で他の職業を考えることは、ほとんどなかったですね。

編集部

人間のお医者さんになる選択肢もあったけれど、獣医にこだわったんですね。

朝岡院長

ええ。中学生の頃、メンターである鍼灸師の先生からは「そんなに人の心に寄り添いたいなら、なぜ人の医者にならないんだ」と言われたこともあります。でもそこで、「動物は自分で病院を選べない。飼い主さんという“人”の心に寄り添う獣医になりたいんです」と、反論したんですよ。その時に「そこまで思うなら、獣医を目指しなさい」と背中を押していただいて。あの先生がいなかったら、今の自分はいないと思います。

編集部

自分のつらさの経験を、誰かの心に寄り添う力に変えていく…。どんな仕事でも、そこで生まれた「相手の見えない悩みを想像する力」は、大きな武器になりますね。

競争の中で忘れかけた原点と動物医療の広さ

編集部

そこから実際に、獣医大学に進学されたんですよね。

朝岡院長

はい。獣医は人間の医者と同じく6年制です。6年間大学で学んで、国家試験を受けて獣医師になります。ただ、大学で学ぶ獣医学って、もともとは軍馬や畜産から始まっているんです。戦争に使う馬を治すところからスタートして、その後は牛や豚、鶏など「どうやってたくさん良質な肉を作るか」という生産の世界ですね。私が学んでいた頃も、ペットの診療はまだ新しい分野でした。犬のことは少し学べても猫について学ぶ時間はほとんどなかったですし、飼い主さんへのコミュニケーションの授業は、ほぼゼロでした。

編集部

意外です…。今のイメージとはだいぶ違いますね。

朝岡院長

そうですよね。今は人間のお医者さんの世界では「医療面談」といって、問診やコミュニケーションを学ぶ授業があります。でも、当時の獣医大学にはありませんでした。だから、学生の頃は自分の原点である「人の心に寄り添う医療」をすっかり忘れて、競争社会でどう生き残るかに意識が行っていました。

編集部

競争社会でどう生きるか、ですか…?

朝岡院長

大学では研究室に所属するのですが、私は外科学の研究室に入りました。臨床に役立つ最新の外科医療を身につけるためです。そこから先は、とにかく知識と技術で負けないようにと必死でした。一方で、獣医の世界では扱う動物種も多いです。私が診てきたのは、犬・猫・ハムスター・うさぎ・フェレット。これだけで5種類ですし、人によっては爬虫類や鳥も診ます。

編集部

人間の医療だと、内科や眼科などに分かれますが、動物病院は基本的に全部診るイメージですよね。

朝岡院長

そうなんです。内科も外科も眼科も耳も歯も、一通り診ます。だから、勉強も終わりがないんです。卒業してからずっと、30年近く勉強し続けている感覚です。

編集部

なんだか、聞いているだけでクラクラします…。でも、どの仕事も今は変化が早いので、「資格を取ったら終わり」ではないですよね。

朝岡院長

そうですね。獣医に限らず、これからの時代はどの仕事も「一生勉強」が前提だと思います。20代のうちに「学び続けるのが当たり前」と腹をくくれるかどうかで、キャリアの伸び方はかなり変わってくるはずです。

編集部

「もう学びは終わった」と思うのではなくて、気になるテーマの本を1冊だけでも手に取ってみるだけでも、キャリアで差がつくのかもしれませんね。

ワンストップの病院づくりと大量離職からの学び

編集部

卒業後は、すぐに開業されたわけではないんですよね。

朝岡院長

はい。最初は勤務医として、症例数が多くて勉強になる病院を選びました。大学時代に紹介してもらった「鍼灸治療を取り入れている先生」から、「まずは一般の西洋医学をきちんと身につけなさい」と言われたんです。そこで5年ほど、最新の医療を学びながら診療をしていくうちに、自分を指名してくれる飼い主さんも増えていきました。「これなら独立しても大丈夫かな」と思えたタイミングで、地元の海の近くに動物病院を開業しました。

編集部

開業後は、どんな病院を目指されたのでしょう。

朝岡院長

まず一つは「ホリスティックな医療」です。鍼灸治療の先生を通じて、北京で本場の鍼灸を学んだり、フランス・ベルギー式のメディカルアロマ、漢方やホメオパシーなど、代替医療全般に触れる機会をいただきました。西洋医学だけではなく、身体全体や心を見る伝統医学も組み合わせて、飼い主さんに選択肢を提示できる病院でありたいと思ったんです。

編集部

なるほど…。それともう一つが、ホテルやトリミングも含めた「ワンストップ」の病院ですよね。

朝岡院長

そうですね。ペットは言葉を話さないので、病気に気づいた時にはすでに重症化していることも少なくありません。だから、健康なうちから病院に来てもらえるタッチポイントが大事なんです。トリミングやホテルで定期的に来てもらえれば、スタッフが日々の変化に気づきやすくなります。早期発見・早期治療につながるので、医療の一部だと考えています。

編集部

仰っていること、すごくよくわかります。ただ、そのぶんスタッフに求めるものも増えますよね。

朝岡院長

はい。西洋医学からホリスティックまで幅広く学ぶこと、ホテルやトリミングも医療の一環として理解すること…。自分の中で理想が高すぎて、当初はなかなかスタッフがついて来られなくて。結果として、離職がとても多くなってしまった時期がありました。5人いたスタッフのうち3人が同時に辞めてしまうようなことも経験しました。

編集部

それは、かなりショックですよね…。

朝岡院長

当時の私は「正しいことをやっているつもり」だったんです。でも実際には、スタッフを苦しめていました。「なんでついてこないんだ」と考えてしまっていて。そこでようやく、「自分は人の心に寄り添いたくて医療を選んだはずなのに、スタッフの心を見ていなかった」と気づいたんです。飼い主さんだけが「人」じゃない。スタッフも家族も、関わる人全員の心を大事にしないといけないと。

編集部

そんなふうに気づかれてから、考え方を変えるきっかけになったものはあったんでしょうか。

朝岡院長

一つ大きかったのが、「選択理論心理学」という考え方との出会いです。人は外から変えられるものではなく、自分で「変わりたい」と選択した時にだけ変わる。だから、無理やり動かそうとしないことが大事だと…。それからは、「こうしなさい」ではなく、「自分はこういう病院をつくりたい」「なぜこのサービスをやるのか」を、何度も丁寧に話すようになりました。一人、また一人と同じ思いで動いてくれる仲間が増えてきた感覚があります。

編集部

病院のスタッフマネジメントって、なかなか一般的にはイメージしづらいかもしれませんが、「正しさだけで人は動かない」というのはどんな職場にも共通する気がします。若いうちから「相手にも事情やペースがある」と考えられるようになると、どんな職場でも信頼されやすくなりそうですね。

画面だけではわからないことをどう受け止めるか

編集部

お話をうかがっていると、朝岡院長は「実際に会って診ること」をとても大事にされていると感じていて。そこにはどんな理由があるんでしょうか?

朝岡院長

そうですね。さっきお話ししたように、私が最初に救われたのは、鍼灸師の先生のたった一言でした。あれは、直接顔を見て、私の状態を感じ取ってくれたから出てきた言葉だと思っています。動物も同じで、画面越しではわからないことがたくさんあります。歩き方、呼吸のリズム、視線の動き…。実際に触れて診るからこそ、「あれ、いつもと違うな」と気づける部分が大きいです。

編集部

飼い主さんの心の部分も、オンラインだけでは拾いきれないところがありますよね。

朝岡院長

そうなんです。うちでは診察の時、ペットの名前の由来を必ず聞くようにしています。「どうしてこの名前にしたんですか?」と。そこから、お子さんが独立して寂しくなったから迎えたのか、ご家族との死別があって支えとして迎えたのかなど、本当の背景が見えてきます。その思いを共有できて初めて、飼い主さんの心に寄り添えると感じています。

編集部

名前のエピソードを聞くと、そのご家族の暮らしぶりまで見えてきますね。実際の診察では、どんな相談が多いのでしょうか?

朝岡院長

一番多いのは、飼い主さんが仕事で留守にしている時間のことです。犬をひとりで長くお留守番させてしまっていることを、「この子がかわいそうで」と気にされている方がとても多いんですね。

編集部

たしかに…私ももしもペットを飼っていたら、かなり気にするかもです。

朝岡院長

そこで、年齢に合わせて遊びやケアの内容を変える「わんわん保育園」を始めました。若い子は他の犬と遊んだり、ハードルを飛んだり。シニアの子は無理のない運動で体幹を鍛えたり。これはスタッフの発案でスタートしたサービスなんです。

編集部

フルタイムで働いていると、「そばにいてあげられない時間」はどうしても出てきますもんね…。そういうときに頼れる場所があると、仕事にも少し集中しやすくなりそうですし、本当に人や動物のことを考えて、獣医療にとどまらずここまで幅広く形にされているのが印象的です。

もしもあなたが動物の仕事を目指すなら、最初に考えてほしいこと

編集部

ここまでお話を聞いてきて、動物の仕事って想像以上に「人」と向き合う仕事なんだなと感じました。もしも、この記事を読んで「いつかこういう現場で働いてみたい」と思った方がいたら、最初にどんなことから考え始めると良さそうでしょうか。

朝岡院長

まずお伝えしたいのは、「動物が好き」という気持ちはとても大事だけれど、それだけでは続かない、ということです。私は採用面接のとき、「動物は好きですか?」と同じくらい、「人も好きですか?」と聞くようにしています。家族や友達をどれだけ大切にしているか、周りの人をどう見ているか。そこがすごく大事です。

編集部

飼い主さんもスタッフも、みんな「人」ですもんね。

朝岡院長

はい。ペットを診る仕事は、目の前の動物だけで完結しません。飼い主さんを幸せにできれば、その人の家族や職場にも、優しさや安心感が広がっていきます。逆に言えば、ペットの仕事には、社会を少しずつ豊かにしていく力があると思っています。だから私は、「ペット業界は、もっと誇っていい仕事だよ」と若い方に伝えたいんです。

編集部

一方で、「可愛いだけ」のイメージだけを見て飛び込むと、ギャップも大きいですよね。

朝岡院長

そうですね。命を扱う仕事ですから、つらい場面もあります。病気や老い、別れにも向き合います。それでも続けられるかどうかは、「この子と、その向こうにいる人のために何ができるか」を考え続けられるかどうかだと思います。もしもこういった世界に興味があるのであれば、まず身近な人を大切にすることから始めてほしいです。家族や友人との約束を守る、ペットを飼っている友達がいたら話を聞いてみる。そういう日常の中で、人や動物へのまなざしが育っていきます。

編集部

動物業界を目指す人だけでなく、「人の役に立つ仕事がしたい」と考えている若い方にとっても、今日のお話はヒントになりますね。

朝岡院長

そうだと嬉しいです。自分のつらかった経験も、動物や人と向き合う中でようやく意味があったのかなと思えるようになりました。誰にでも、そういう「自分だけのストーリー」があるはずです。ぜひそのストーリーを大事にしながら、「自分は誰を幸せにしたいのか」を考えて仕事を選んでみてください。きっとブレにくい軸になると思います。

編集部

今日はとくに「自分の弱さを、人に寄り添う力に変える」「正しさだけでなく、相手のペースを見る」という考え方が印象的でした。命と心の両方に向き合う朝岡院長の仕事の話から、「好き」をどう仕事につなげていくかをたくさん学ばせていただきました。貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

「ビギナーズリンク」の編集部です。【スキルの余白は、伸びしろだ。】をコンセプトに、キャリアアップやスキルアップを目指す若年層が「未経験」を「武器」に変えていけるよう、転職や就職に関する有益な情報を発信します。

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