発酵と里山で人も町も元気にする|株式会社OH 武井社長が語る“古くて新しい”仕事の楽しさ

都会のオフィスワークだけが選択肢ではない中で、「食」と「地域」と向き合う仕事も、静かに注目を集めています。
埼玉県飯能市で、発酵を軸に飲食・物販・体験を掛け合わせた事業を展開する株式会社OH。親会社は「ご飯がススム キムチ」で知られるピックルスコーポレーションです。
そのグループで新事業を任されているのが、代表取締役社長の武井秀樹さん。今回は、地域と健康の両方に向き合う仕事観を伺いました。
株式会社OH
代表取締役 武井 秀樹
ピックルスコーポレーションの社員として新規事業を任され、発酵を軸にした事業会社「株式会社OH」の代表を務める。埼玉県飯能市で、発酵食品の小売、レストラン、発酵食品作りなどの体験を組み合わせた施設運営を展開。自然豊かな立地を生かし、地域の人が誇れる場所づくりと、訪れる人に発酵の魅力を伝える取り組みに力を入れている。
埼玉の里山で、発酵を軸にした新事業を任されるまで

編集部発酵を軸にしたユニークな施設づくりをされている武井社長ですが、あらためて今どんな事業をされているのか、教えていただけますか?



株式会社OHは、埼玉県飯能市にある会社です。発酵を軸にして、飲食と物販と体験を組み合わせた施設を運営しています。味噌などの発酵食品を買っていただく小売、発酵を生かした料理を出すレストラン、そしてワークショップといった形ですね。



発酵のテーマパークのようなお仕事ですね。自然が豊かな飯能という立地とも相性が良さそうです。



そうですね。ここは都心から少し離れていますが、ハイキングやキャンプで来られる方が多い地域です。健康意識の高いお客様も多いので、発酵との親和性は高いと感じています。



来る人の目的が「自然」と「体を動かすこと」だからこそ、食や健康へ興味が移りやすいんですね。



はい。発酵食品作り体験も、その流れで自然と受け入れてもらえている実感があります。食べるだけでなく、つくる楽しさも伝えやすい環境ですね。



親会社さんの存在も、この事業が生まれた背景として大きいのでしょうか。



親会社はピックルスコーポレーションといって、お漬物やキムチを作っているメーカーです。私は親会社の社員でもあり、その新規事業会社として約5年前に立ち上がったOHの代表も務めています。いわゆる製造メーカーが、食の新しい分野に幅を広げるための事業ですね。



もともとは工場で作る側だった会社が、実際にお客様と会う場所も作ったわけですね。仕事のやりがいも変わりましたか?



そうですね。これまでは商品を店頭に並べて終わり、という形が多かったと思います。今は、実際にここへ来てくださるお客様の顔を見ながら、発酵の良さを伝えられる仕事になりました。
観光地が少ない町で見えた、地域と健康の課題



飯能市という場所に拠点を置かれたのには、どんな背景があったのでしょう?



埼玉県って、実は観光名所があまり多くないんです。所沢より西側のエリアは自然が豊かなのですが、観光的な要素が少ない地域でした。せっかくハイキングやキャンプで人が来ても、「立ち寄って何か買おう」という場所があまりなかったんですね。



たしかに、自然はあっても“寄れる場所”が見つからない地域って多いですよね。



飯能は川で遊んだり山を歩いたりできる、とても良い場所なんです。そこに立ち寄れるスポットがあれば、地域の方にも観光で来る方にも楽しんでもらえると考えました。



アクティビティの動線の中に、OHさんの施設があるイメージですね。



そうですね。外での活動を目的に来られる方が、休憩で寄ったり、地元のものを買ったり、体験に参加したりと、用途が広いのが特徴です。まずは気軽に入れる場所であることを大切にしています。



なるほど。お客様の層にも特徴が出てきそうですね。



やはり、歩いたり自然を楽しみに来られる方が多いので、体を動かす習慣がある方は多い印象ですね。そこに発酵をテーマにした商品や体験があると、自然と興味を持っていただける場面があります。



日々の食事と体づくりを結びつけられるのは、20代にとっても大事な視点ですね。



そうですね。特別なサプリに頼るというより、普段の食事に発酵食品を取り入れて、自分の力で整えていくのが理想だと思います。仕事を続けるためにも、体調は土台ですから。



地域の課題と、健康の課題。その両方に向き合っているわけですね。



はい。この町の人が「ここは自慢できる施設だ」と思えること。そして、ここで働く従業員が「この場所で働いている」と誇りを持てること。そのふたつを大切にしています。
体験やイベント、パンづくりで発酵の楽しさを伝える工夫



事業の形としては、小売・飲食・体験の三本柱だと伺いました。それぞれ、どんな工夫をされているのでしょうか?



施設の中には、セレクトショップとベーカリーとレストラン、それに体験のスペースがあります。キムチ・塩こうじ・醤油こうじ作りなどのワークショップも開いていて、最近はお店でのイベントごとも増やすようにしています。


写真:乳、卵、不使用 キタノカオリ食パン


写真:自家製ヨーグルト種のポコポコクリームパン



とっても美味しそうです…!単に商品を売るだけではなく、「体験」を通じて発酵を知ってもらうわけですね。



はい。ここ数年はコロナもあり、イベントがやりにくい時期もありました。ただ、今は少しずつ落ち着いてきたので、できるだけ体験の機会を増やしています。お客様の満足度にもつながりますし、スタッフにとってもやりがいになります。



観光との組み合わせもされていますよね。



今は、ハイキングやサイクリングのコースの中に当社を組み込んだツアーもあります。飯能市と組んだエコツアーで、バス会社さんのパッケージの中に、当社の立ち寄りや発酵食品作り体験が入っている形ですね。



一日レジャーを楽しみながら、発酵の体験もできると。働く側にとっても、サービスの幅が広くなりますね。



そうですね。小売も飲食も体験もあるので、スタッフは一つの職種だけでなく、いろいろな動き方を学べます。20代で入っても、接客だけでなく、イベント運営や商品づくりなど、仕事の守備範囲を広げやすい環境かなと思います。


古いものを学んで新しさにつなげる、これからの働き方





若い読者には、新しいトレンドやキラキラした世界に目が向きがちな人も多いです。一方で、武井社長は「古き良きもの」にも光を当てていらっしゃいますよね。



新しいことに興味を持つのは、とても良いことだと思います。ただ、古いものの背景を知らないと、本当の意味で新しいものは作れないとも感じています。今あるトレンドも、歴史の流れの中で生まれているわけですからね。



発酵食品は、まさに「昔からあるけれど、今また注目されているもの」だと感じます。



そうですね。味噌、醤油、漬物、納豆。日本には発酵食品がたくさんあります。そうした食文化を知ることは、日本そのものを知ることでもあります。たとえば海外で何かをしたい人も、まず自分の国のことを知らないと、向こうで話ができないと思うんですよ。



古いものと新しいもののバランスを取る感覚は、どんな仕事にも通じそうですね。



はい。今は情報も技術もどんどん新しくなりますが、だからこそ、足元にある歴史や文化も一緒に見てほしいです。若いうちに「なぜ今これが流行っているのか」「昔から続いているものはなぜ残っているのか」と考える癖をつけると、どんな仕事でも説得力のある提案ができるようになると思いますよ。



流行を追うことと、土台を学ぶこと。その二つを行き来できる人が、これからの時代に強いのかもしれませんね。



そう思いますね。うちの仕事で言えば、「発酵」という古いテーマを、観光や体験といった新しい形で届けているイメージです。
20代が一歩踏み出すために身につけたい「できること」





ここからは、キャリアの話も伺いたいです。御社へは若い求職者の方もいらっしゃるとは思うのですが、そういった方と接していて、武井社長は率直に、どんなことを感じますか?



これから社会に出る方は、そもそも「会社ってどういうものか」をまだあまり知らないですよね。やりたいことや希望条件はいろいろあると思いますが、「働くことで誰にどう役立つのか」を考える機会は少ないのかなと感じます。



たしかに、「キャリアアップ」という言葉だけが一人歩きしてしまうこともあります。



そうですね。例えば「年収を上げたい」というのは悪いことではありません。ただ、そのためには、自分の中に一つか二つ、「これは人よりできる」と言えるものが必要だと思います。同じことしかできないままだと、会社が払える対価にも限界がありますから。



スキルと年収のバランスを、自分でも冷静に見る必要があるわけですね。



はい。もし今の実力以上の条件で採用されたとしても、その中身がまだ追いついていなければ、本人が一番つらくなります。「転職しなければよかった」となるのは、誰にとっても良くないですよね。だからこそ、自分の「できること」を増やす意識は大事です。



20代のうちに、まず何から始めると良さそうでしょう?



難しく考えなくてよくて、「周りの人と同じことを、誰よりもちゃんとやる」か、「周りの人がやっていないことを一つやってみる」か。そのどちらかでいいと思います。どんな職場でも、そこを続けた人が信頼されていきますから。



たしかに、シンプルだけれど難しいことですね。



理想の自分の姿を大きく描くのは良いと思います。ただ、それだけで終わらず、「そこに行くために、今の自分は何を積み重ねるか」を逆算してみてほしいです。小さくてもいいので、今日一つ行動を変える。それを続けられる人は、どんな業界でも生きていけるはずです。仕事は結局、人を喜ばせた対価として、お金をいただくものですから。



今日は、発酵を通じて「地域」と「健康」に向き合う武井社長の話から、「古いものを学んで新しさにつなげる」「周りと同じことを誰より丁寧にやる」という姿勢が強く残りました。明日は、食事に発酵食品を少し足すとか、仕事の一つを丁寧に仕上げるなど、小さな変化から始めていきたいですね。武井社長、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
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