なんとなく描いたものの中にこそ、本音が隠れているんです。合同会社anohi・鎌田代表が、仮面をつけて働く大人が本音を語れる場をつくるまで

言いたいことはあるのに、うまく言葉にできない。そのまま飲み込んでしまうことは、ないでしょうか。
合同会社anohiの鎌田奈那美代表も、新卒で入った会社で仮面をつけながらの人間関係に苦しみ、8年前にこの会社を立ち上げました。現在は、企業の研修にアートと対話を持ち込み、働く人が本音を語り合う場をつくっています。
なぜ、アートをはさむと本音が出てくるのか。そして、どんな方と一緒に働きたいと考えているのか。詳しくお話を伺いました。読み終わる頃には、うまく言葉にできなくても自分の思いは伝えられる、と思えているはずです。
合同会社anohi
鎌田 奈那美 CEO / Founder
幼少期から油絵に親しみ、大学では法学を専攻。新卒で外資系IT企業の営業となり、2年目からアートのイベント主催を始める。出版社でマーケティングと商品開発を経験したのち、30歳を前にanohiを設立。「生きるよろこびをつくる」をミッションに、アート×対話の組織開発・企業研修とオンラインのアートクラブを運営している。
会社の扉を開けるのが、苦しかったんです

編集部アートと組織づくりが交わるイメージが、なかなか湧かないのですが。まずは、鎌田代表のこれまでの歩みから伺えますか?



私は幼少期からアートをやっていました。特に油絵を長くやっていたんですけれども、大学は美大ではなく、法学部なんです。最初に勤めた会社も外資系のIT企業で、営業として新卒入社しています。



アートは、ずっとご自身の中にあったんですね。営業の会社では、どんな毎日でしたか?



例に漏れず私も、毎日会社の扉を開けるのが苦しかったんですよね…。一人ひとりはいい方なんですよ。ただ、目の前の数字に追われる中で、お互いに思っていることをなかなか開示しあいにくい人間関係がそこにあって。私自身は仮面をつけながら、会社に行く日々でした。



本音を言わないまま、日々が過ぎていくと。



そうなんです。忙しい業務の中で自分が大事にしたいものを、どんどん大事にできなくなって、心が疲弊してしまう。そんな自分を認識した時に、すごく苦しさを感じたんですよね。それで2年目に、自分でアクションを起こしたくなって。月1回、大人たちを集めてアートのイベントを開くことを始めました。知り合いと、その知り合いぐらいが集まる20人規模のものだったんですけど、その時に、「あ、これだな」と思ったんですよね。初めましての人同士でも、こんなにも笑顔になれるんだと。



その手応えが、そのまま会社になったんですか?



いえ、すぐ事業化するイメージは湧かなかったので、大人にワクワクを届ける、という文脈で、趣味系の雑誌をつくる出版社に転職しました。そこが働き方としても驚きで。ピンクのミニスカートで会社に行ってもいいし、マーケティングと編集の人が普通に喧嘩する。皆さん、人間のまま関わり合っているんですよね。



職場でありながら、自分のままでいられたんですね。



こんな風に働けるんだ、と驚きました。ただ、自分のイベント活動は依頼をいただいたらやるぐらいで。そこをちゃんと形にしたいなと思って、30歳になる時に会社にしています。
描く時間は、全体の2割弱なんです



いまの事業は、どんな形になっているんでしょう?



「生きるよろこびをつくる」というミッションを掲げ、アートを使った事業を、法人向けと個人向けの両軸で行っています。法人向けは研修や組織コンサルティング、チームビルディング。個人向けはオンラインのアートクラブです。



研修にアートを使う、というのは具体的にどのようなことを行っているんですか?



描く時間は全体の2割弱ぐらい。それ以外は、絵についてひたすら対話をしながら、研修を進めていきます。グループの中で絵を見せながら、どんなものを描いたか、どんなことを思いながら描いたかをお話しいただく。そのあと、講師からも絵についていろんな問いかけをさせていただきます。



描くより、話す時間のほうがずっと長いんですね。ちなみに、どんな問いかけをされるんでしょう?



たとえば、自分の人生を道に例えて描いてみましょう、というワークで、一直線の道を描いた方がいたとします。そこで「この先は、どんな場所に続いているんですか?」と問いかけるんですね。描いた本人は、そこまで考えていないんですよ。それでも、いまの思いつきでいいので、と半ば強制的に言語化してもらうと「少なくとも暗い道じゃない感じがするかな」と出てくる。じゃあ「明るいところには何があるんですか?」と続けると「ニコニコしている人がいっぱいいる感じかな」と。



ひとつ答えるたびに、また問いが返ってくるんですね。



その問いかけのキャッチボールを続ける中で、なんとなく描いたものの中にこそ、その人が大事にしたいことや本音がたくさん隠れているんですよ。意識していなかったことや、組織の中で言葉にしてこなかったことが、そこで言語化される。アートセラピーの手法と、コーチング的な問いかけを使っています。
こんなこと考えてたの?と面白がり合い、認め合いが生まれる瞬間





そこから変化が起きた例は、ありますか?



あるエンジニア系の会社さんから、組織が元気がない、管理職が課題かなと思っているんだけど、どこから始めようか迷っていて、とご相談をいただいたことがあります。結果的に、係長の皆さん約40名に、全12回の研修を受けていただきました。



半年で12回。長い関わりですね。



その中に、これからのキャリアに迷っていて、優秀な方なのにうまくパフォーマンスが出せずにいた方がいらっしゃったんです。研修では、幼少期から振り返って、人生において大事にしたいことを言葉にしていただきました。それと、いま会社から求められている価値観との重なりを見つけていきましたね。



その後、どうなられたんですか?



数ヶ月後にインタビューをさせていただいたら、課長に昇格されていて。しかも他の選択肢とも迷った上で、「自分がやっていきたいのはここだ」と確信を持って選ばれていたんです。後輩の育成についても、いまこんな工夫をしているんだ、と生き生きと語ってくださいました。



なんと…!ご自身で選び直された、ということですね。



あとは、若手が何を考えているかわからない、上司も何も言えない、という組織で、新入社員の方とベテラン社員の皆さんが一緒にワークをすることがあったんです。



その組み合わせは、なかなか気を揉みそうですが…。



そうなんです。管理職の方が「ちゃんとワークできるか、ケアが必要かもね」と心配されていて。ところが、新入社員の方が描き始めると、「自分はこんなことを大事にしていて、実は仕事ができてこんな風に嬉しい」と熱い思いを語ってくださるんですよ。言葉は巧みじゃなくても、絵という補助があるからこそ、ポツポツと語れるわけです。



絵が、話すための足場になるんですね。



ええ、語れて嬉しい、という顔をされるんですよね。ベテラン社員の皆さんも「え、こんなこと考えてたの」「めっちゃいいじゃん」と。そこで面白がり合い、認め合いが生まれたんです。こういうシーンが、私は大好きです。
オンラインアートクラブの体験会をきっかけに、ジョインした新卒メンバー





そういう場は、鎌田代表がおひとりでつくられているんですか?



他講師を含めた、複数人のメンバーで場づくりをしていています。その中には、大学を卒業したタイミングでジョインしてくれた新卒メンバーもいて。普段はSNSの発信など広報業務をメインでやってもらっているんですが、研修の場でもスタッフとして活躍してくれています。



新卒で広報というのは、なかなか珍しいと思います。どうやって出会われたんですか?



社会人になるタイミングで、何か新しいことを始めたいと思っていたそうなんですね。それこそ図工が好きだったな、と思い出して、「大人 図工」と検索してヒットしたのが弊社だったんです。個人向けサービスであるおとなの図工クラブのほうを、先に見つけてくれて。



入社ではなく、サービスのほうから出会われたと。



アートクラブの無料体験会に来てくれて、その場で「すごく興味があって」と話してくれたのがきっかけですね。求人サイト経由ではなく、自分で見つけて、自分でここで働きたいと打診してきてくれたという形です。



その行動力で、いまの仕事につながっているんですね。入られてから、任される範囲は広がりましたか?



小さい会社なので、私が無茶ぶりばかりしてしまうんですけど、そこをポジティブに捉えて頑張ってくれています。広報以外のこともやれるのがいい意味でのギャップだったそうで。例えばカメラマンなんてやったことがなかったのに、今では研修の現場で受講者の様子の写真を撮ることにも楽しさとやりがいを感じてくれているようです。



アートの現場と聞くと、静かな仕事を想像していました。



場の設営を含め研修中はずっと動いているので、実はアクティブな仕事なんですよ。 100人以上の規模でやることもあるので、準備には力仕事も結構あって。 どう効率よく動くかや、その場の状況に合わせて臨機応変に対応する力が求められるところは、本人ももっと磨いていきたいと言ってくれています。
スキルは、後からいくらでも鍛えられる





現場では、汗もかかれているんですね。そういう皆さんとは、社内でもアートと対話をされるんですか?



月1回、オンラインでも対面でもやっています。お互いのことがより分かったり、自分自身の理解が深まったりするので。年1回は合宿もあるんですよ、毎年、熱海で。



熱海で合宿、いいですね…!そこでは、何をされるんでしょう?



今年は最後にみんなで凧をつくって、熱海の海で凧揚げをしました。今期はこういう風に頑張っていきたい、というのを凧にして揚げるんです。あとは去年、メンバーみんなにマイプロジェクトを立ててもらいまして。各々の役割に限らず、この組織でこれをやってみたい、ということを自分でプロジェクトとして主導してもらう。その1つとして、さきほどの広報のメンバーが対面のワークを企画して、そこでやった内容をnoteで発信していく、というのを始めてくれました。



凧に今期の抱負を乗せて、みんなで揚げる。しかも、新卒の方の企画がそのまま会社の恒例になっているんですね…!ちなみに、これから新しく入られる方には、何を求められますか?



1番はやっぱり、理念への共感ですね。そこが一致していないと、お互いきついと思うので。生きるよろこびをつくる、というところに思いを共にできるか。そこが第一に大事だと思っています。



理念が先で、経験は後なんですね。スキルの面では、いかがでしょう?



シンプルに言うと、自己理解と自己受容、他者理解と他者受容を大事にできる人ですね。私たちのプログラムでも、一番の起点にしている部分です。それってゴールがないので、私だって100%できるわけではないんですけど、そこで努力を続けられる人かな、と。スキルは、後からいくらでも鍛えることができるので、あり方のところが1番大事だと思っています。



あり方が先だから、スキルは後からでいいと言い切れるんですね。その先に、目指されているものはありますか?



大人が笑い合って仕事ができる。自分の弱さみたいなところに触れて、涙を流せる。そういうことが、組織の中でも家庭の中でも当たり前にできていく。状態をつくっていきたいんです。アート的なことをビジネスの文脈で活かそうとしているので難しさはありますけど、そこを繋いでいきたいんですよね。



笑い合えて、弱さも出せる。それが当たり前になったら、働くのはずいぶん楽になりそうです。うまく言葉にできなくても、大事にしていることは伝わる。そういう場は、つくれるんですね。 鎌田代表、本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

