「その夢は捨ててくれ」と言われた。サン食品株式会社・加藤社長が35年ごしで挑む、こんにゃくの世界進出

その夢は無理だから、早く諦めたほうがいい。もしそう言われたら、あなたならどうしますか?

30年前のアメリカで、まさにそう言われた方がいます。サン食品株式会社の代表、加藤三基男社長。スーパーに並ぶこんにゃくを作りながら、1200年続いてきたこの食べ物を世界へ広げようと挑み、そこで大きく失敗しました。

半導体の仕事から家業に入った理由。アメリカで大失敗した30年前の挑戦。そして、その挑戦を35年たったいま復活させている理由。じっくり伺いました。読み終わる頃には、うまくいかなかった経験の置きどころが、少し変わって見えるはずです。

お話を伺った人

サン食品株式会社

代表取締役社長 加藤 三基男

祖父が始めたこんにゃく作りを受け継ぐ3代目。学校を卒業後、半導体業界でマーケティングに携わり、6年ほど勤めたのち、20代半ばで家業へ。スーパーマーケット向けのこんにゃくやところてんを製造しながら、こんにゃくを世界へ広げる挑戦を35年にわたり続けている。乾燥技術を軸に、米や肉、魚の代わりになる商品の開発にも取り組む。

目次

半導体から、こんにゃく屋の3代目へ

編集部

加藤社長は3代目だと伺いましたが、家業に入る前は、まったく違うお仕事をされていたんですよね。

加藤社長

そうなんです。学校を出てから、半導体のマーケティングをやっていました。35年ほど前は、日本の半導体がすごい勢いのあった時期でしてね。食品とはまったく関係のない分野です。

編集部

半導体からこんにゃくへ。ずいぶん大きな移り方ですね…! もともと、いずれ継ぐお気持ちはあったんですか?

加藤社長

幼少期から、いずれ父の会社を継ぐんだろうなとは思っていました。当時はそれが普通でしたし、親孝行という面もありましたから。ただ、学校を出てそのまま小さなこんにゃく屋に入るというのは、一度きりの人生としては少し寂しいかなと思ったんですよ。

編集部

一度きりだからこそ、外の世界も見ておきたかった。

加藤社長

ええ。東京でスーツを着て、地下鉄で通うようなサラリーマンを一度は経験してみたい、と。3年くらいのつもりが、居心地も良くて面白かったし、仕事にダイナミズムもあって、ずるずると6年ぐらいですね。

編集部

納得できる仕事だったからこそ、続いたんですね。そんな中で家業を引き継ごうと決めたのは、何がきっかけだったんですか?

加藤社長

26、27くらいの時に、そろそろどうしようかな、と考えましてね。一度きりの人生なら、小さいながらも自分で舵を取れるような仕事をしたい、と。それで戻ってきました。

編集部

大きな組織で働く経験も、自分で舵を取る決断も、どちらも「一度きりだから」という同じ物差しで選んでいるんですね。

栄養素と呼ばれる前から、1200年

編集部

引き継いだ家業が、こんにゃく作りでした。私たちも普段から食べていますが、実はよく知らない食べ物かもしれません。

加藤社長

こんにゃくは南方から伝わってきたと言われていて、1200年ほど前から食べ続けられているんです。ただ面白いのは、いまどの国の料理を見ても、こんにゃくは出てこないんですよ。もう日本の伝統食なんですね。

編集部

1200年。それだけ長く食べられてきたのに、日本だけというのは不思議ですね。

加藤社長

しかも、こんにゃくには食物繊維しかないんです。食物繊維が栄養素だという概念が出てきたのは、ここ数十年の話でしてね。江戸時代の頃は、毒にも薬にもならないものだと思われていた。それでも1200年食べられてきたのは、それなりの理由があったからだと思うんですよ。

編集部

栄養として認められる前から、人が食べ続けてきた。その理由は何だったんでしょう?

加藤社長

やはり食物繊維=ダイエタリーファイバーだからだと思いますね。昔から「お腹の砂おろし」という言い伝えがあるんです。いまで言うデトックスですよね。栄養学がわかる前から、体が感じ取っていたということだと思うんです。

編集部

言葉になる前から、体のほうが知っていた。そう聞くと、見え方が変わります。

加藤社長

私が入社した頃も、カロリーがない・糖質がない・食物繊維が多い…これは健康的で素晴らしい商品だと思っていました。それなら世界中に広げたい。その2つの思いが、強くなったんです。

編集部

日本だけで食べられてきたものを、世界へ…。引き継がれた時点で、もう挑戦が始まっていたんですね。

「その夢は捨てて、早く帰れ」

編集部

世界へ広げる。最初はどんな挑戦をされたんですか?

加藤社長

今から30年前に、アメリカで事業をやりました。こんにゃくをハンバーガーやソーセージに入れて、肥満を防ぎながら日本の伝統食を広げよう、と。でも、これが全然だめでしてね。箸にも棒にもかからないというか。

編集部

アイデアとしては、良さそうに聞こえますが…。何がうまくいかなかったんでしょう?

加藤社長

大きく2つあります。1つは「100%ビーフ」へのこだわりですね。マクドナルドですらそこにこだわるくらい、大きな価値だったんです。もう1つは、当時のアメリカの肉は本当に安かった。その安い肉に、高いこんにゃくを混ぜてダイエットをするというのは、納得がいかなかったんでしょうね。

編集部

おいしさの価値も、値段の感覚も違ったんですね。現地では、どんな言葉をかけられたんですか?

加藤社長

あるアメリカの方に言われました。日本の醤油メーカーがアメリカで醤油を広げるのに30年かかった。君の会社にそれを30年やり続ける体力があるのかと。ありません、と答えたら、「そんな夢はとっとと捨てて、早く帰った方が傷が広がらないぞ」と。

編集部

それは、こたえますね…。

加藤社長

非常に悔しかったです。ただ、客観的に考えたらそうだな、と。それで、ハンバーガーに混ぜてもらうような奇をてらったことはやめて、糸こんにゃくをそのままヌードルのようにして売ってみたらどうかと、自分で思いましてね。

編集部

混ぜるのをやめて、こんにゃくのまま出す…。その反応はどうだったんですか?

加藤社長

そんなものを麺として食べる文化がないので、最初は苦戦しました。でも形になっていくと、誰もやっていないからか大化けしましてね。当時アメリカで4ドルくらい、日本の4倍の値段で売れていました。

編集部

「帰れ」と言われた場所で、4倍の値段がつくまでになった。痛快です…!

加藤社長

ただ、市場ができると真似をする方が出てくるわけです。当たり前ですけどね。より安い価格の商品も入ってきては、弊社の商品の売れ行きはだんだん減っていきました。そのときに、売り方のアイデアだけでは長続きしないと思いましてね。技術的にできないことをやらないとだめだ、と。

編集部

真似できない技術へ。そこから、どう動かれたんですか?

加藤社長

こんにゃくを乾燥させる技術に巡り合いまして。乾燥させて、戻して食べるんです。その過程で、匂いが全くなくて、食感もいいものができたんですよ。それをヌードルにしたり、ご飯にしたり、といま広げています。

編集部

売り方で勝負した時代から、技術で勝負する会社へ。あの悔しさが、次の一手を決めたんですね。

35年ぶりに、肉へ挑む

編集部

その技術で、いまは何に挑んでいるんですか?

加藤社長

実は、35年ぶりに肉のリバイバルをやっているんです。きっかけは、数年前にアメリカのホームパーティーに呼ばれた時でしてね。今日はミートフリーデーだからお肉はないよ、と、そこのお子さんに言われたんですよ。

編集部

お子さんから。あれほど肉が正義だった国で、ですか?

加藤社長

そうなんです。肉ばかり食べていたら体も地球も壊れちゃうんだよ、週に1回か2回は肉を食べない日を作らなきゃだめだよ、と言われましてね。これは変わってきたな、と思ったんです。

編集部

健康だけでなく、地球のことまで。子どもの口から出てくるのが驚きです。

加藤社長

健康と、環境なんですね。肉の産業が排出する温室効果ガスは、世界中の自動車や船、飛行機の1.4倍という説もあります。牛のげっぷだけでなく、餌を作るための分まで足していくとそうなると。そこで、30年前に大失敗したことに、時代が追いついてきたかもしれないと思いましてね。

編集部

失敗した挑戦のほうに、世の中が追いついてきた。では、当時と同じことを再度挑戦されるんですか?

加藤社長

うまくいかなかった部分を、商品として解決したうえで復活させています。もともと食品メーカーのミッションは、食べられない状況を解決することなんですよ。祖父や父の頃は食べ物がなかったので、こんにゃく作りでお腹いっぱいを提供していた。いまは飽食で、体のことを考えると食べられない方がいる。

編集部

足りないから食べられない時代から、多いから食べられない時代へ。役割が移ってきたんですね。

加藤社長

そこにこれから、環境という理由で食べられない、という方が加わってくると思うんです。こんにゃくは環境への負荷が低いので、肉や魚の代わりになるものが作れれば、地球にも優しくて体にもいい。これはもうミラクルだと思ってやっています。

編集部

体にいいものが、地球にもいい。1200年前からある食べ物が、いちばん新しい答えになるかもしれないんですね。

「この指とまれ」で集まる人と

編集部

その挑戦を、これから一緒に進める方も必要になりますよね。いま採用を強化したいのは、どのポジションですか?

加藤社長

営業と、商品企画ですね。ただ、あまり求人を出さなくても、そちらは結構来てくださるんですよ。求職している方は、応募する会社のホームページを必ず見るでしょう?そうすると、弊社が面白いことをやっているのは、わかりやすいと思うんです。こんにゃくをスーパーに売っている会社なのに、なんだこれは、と(笑)。売上の比率でいえば小さい商品でも、あえて載せているのはそのためです。

編集部

「なんだこれは」が、入口になる。共感してくれる方が、自然と集まってくるんですね。

加藤社長

そう思います。だから採用でも、来てください、休みも多いですよ、給料もいいですよ、とは言わないようにしていましてね。もちろん大切なことですし、それを求める方にはそれが一番なんですけれど。好きだ好きだと言うと離れていくのと一緒で、この指とまれ、で来てくれるならそれでいい、というくらいがいいと思うんです。

編集部

追いかけるのではなく、来てもらう。実は、事業の広げ方でも同じ考え方をされているとか。

加藤社長

社内でよく言っているんです。蝶に囲まれた生活をしたければ、蝶を追いかけるのではなく、蝶が好む花壇を作ればいいと。以前は展示会に何百万円もかけて、1社も巡り合わないこともありました。いまは情報や動画のコンテンツを作って発信していくと、世界中から問い合わせが来るんですよ。

編集部

追いかける営業から、見つけてもらう発信へ。そこにはAIも関わっているんですか?

加藤社長

もう、どっぷりですね。インターネットのときに乗り遅れた反省がありましてね。今度のAIはもっと大きな変革になると思って、徹底的にやると決めたんです。社内では、圧倒的に効率化できるものは積極的に効率化して、あとは私が背中で見せよう、と考えています。

編集部

号令ではなく、社長が先に使ってみせる。最後に、これからの目標を伺えますか?

加藤社長

こんにゃく米に関しては10年かけて、ある程度の数字までは来ました。次は魚や肉の部分を、3年から5年である程度の形にしたいですね。世の中にない市場をつくっていくので時間はかかるんですが、弊社はこれをやっている会社だ、ともっと自信をもって言えるようにしたいんです。

編集部

「無理」と言われた挑戦を、35年たっても捨てていない。しかもその間に、世の中のほうが追いついてきました。すぐに実らないものを抱えたまま働き続けられるかどうか。そこに共感できるかが、この会社を選ぶ物差しなのだと思いました。加藤社長、本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

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