「青臭い生き方をしてやろうと思った」銀行から旅館へ。下呂温泉 小川屋・大原さんが大事にする、伝統と革新

いまの仕事を、この先ずっと続けている自分が想像できない。そう思いながら、次の一歩が決められずにいる方は多いのではないでしょうか。
下呂温泉の老舗旅館、下呂温泉 小川屋で経営企画室長を務める大原さんは、地方銀行に10年近く勤めたあと、30歳を過ぎて旅館に転職しました。宿泊業は未経験、Webマーケティングの知識もゼロ。しかも入社の2か月後に、コロナによる緊急事態宣言…。
なぜ銀行を辞めたのか。何もわからない業界で、最初に何をしたのか。ピンチにどう対処したのか。そして、これから宿泊業界に入ってくる若い人に何を期待しているのか。じっくりとお話を伺いました。
株式会社小川屋
執行役員 経営企画室長 兼 業務部長 大原さん
岐阜県高山市出身。大学卒業後、地元の地方銀行に新卒入行し、主に事業性融資や企業再生、不良債権の回収などを担当。10年目を前に転職を決意し、2019年12月に創業70年以上の歴史を誇る老舗旅館、下呂温泉 小川屋へ。入社直後からコロナ禍の対応にあたり、その後は自社サイトからの予約を伸ばすためのWebマーケティング体制を独学で確立した。現在は執行役員 兼 業務部長として、主に予算策定及び予実管理、各種マーケティング、集客からブランディング、広報・PRまでを担当。
ロマンを追い求める、青臭い生き方をしてやろうと思った

編集部大原さんのこれまでの歩みから伺わせてください。もとは銀行にお勤めだったとのことですが、まるっとキャリアチェンジされていますよね。



生まれ育ったのは岐阜県の飛騨地方、高山市です。高校までは地元で過ごして、大学進学で兵庫県へ。卒業後は新卒で、仰る通り地元の地方銀行に入行しました。



そこから、どんなきっかけで転職を考えられたんですか?



間もなく入社10年目の節目を迎えるにあたり、定年までこの仕事を続けるイメージが湧かず、違う生き方をしてみたいなと漠然と思ったんですよ。それが一番純粋なきっかけですね。



10年って、そろそろ動くなら、というタイミングでもありますよね。



そうですね。あとは、大学に行かせてもらったんだから、と親の意向を汲んだ生き方を考えがちだったんですよね…。銀行を就職先に選んだのも、銀行員である父親の勧めもあり、やりたいことよりも堅実さで選んだんです。僕らの世代の両親はバブル崩壊もリーマンショックも経験しているので、地に足のついた生き方をしてほしいという意向が強いんですよ。



わかります…!30代までに結婚して、みたいな空気もありましたよね。



そうなんです。残念ながら僕は30歳までに結婚することが叶わず(笑)、そのあたりから、自分は何にこだわって生きているんだろう、と自問自答が生まれました。銀行には10年弱務めたし、親に対する義理や責任感は一定果たせたかな、と。これからの人生、むちゃくちゃ青臭い生き方をしてやろうかなと思ったんですよね。



青臭い生き方…!具体的には、どういうことでしょう。



とにかく僕は地元が好きなんですよ。青春時代を過ごした場所だし、自分のアイデンティティが形成された場所であることは間違いない。だから、地元に貢献できる仕事をしたい、と…。古い町並み、下呂温泉、白川郷…。飛騨地方は日本でも有数の観光スポットを有する、観光業で栄えている地域です。「地元の基幹産業である観光業の存続や発展に貢献する」、そんな、学生時代の卒業文集に将来の夢として書くような、真っ直ぐな生き方をしてみようかな、と。



それで小川屋さんへ。宿泊業は、正直きついイメージを持たれがちな業界でもあります。迷いはなかったんですか?



全くありませんでした。銀行員時代から、宿泊業界は今後大きく発展・成長するポテンシャルを秘めていると思っていたんです。旅館・ホテルと聞くと、「不安定」「儲からない」といったマイナスイメージが根強く、ビジネスとしても就職先としても魅力を感じられにくい印象があると思いますが、視点や発想を変えれば全然払拭できるという自信がありました。例えば、僕が転職を決意したのは、ちょうどロボットやAI導入による自動化、省人化が話題に上がり出した頃なんですけど。



機械に置き換わっていく流れですね。



この流れが加速すれば、都市部を中心に雇用機会は減少傾向が進むと読んでいて。そうなると、一定数人員を絶対に雇わなければいけない分儲かりにくいと言われていた宿泊業界にとって、そのデメリットがメリットに転じる時代が来るんじゃないかと思ったり。
入社2か月でコロナ禍到来。それでも「変えるチャンス」だと思った





入社されたのは、いつだったんですか?



2019年の12月ですね。



えっ…!その2か月後ですよね、コロナが流行り出したのは。



そうなんですよ。この話をすると、ほとんどの人に後悔しただろうと言われるんですけど、僕は逆でした。前職が銀行員だったので、コロナになった瞬間に頭をよぎったのは、もし銀行に残っていたら取引先への対応に追われていただろうな、ということでしたね。むしろ、いい時期に辞めたなと思いました。



立っている場所が変わると、見え方も変わるんですね。とはいえ、旅館は一番打撃を受けた業界だと思います。



実は僕は当時から悲観的な考えはほとんどなく、逆に、変化を取り入れるいいチャンスになるなと思っていました。先ず取り組んだことが、「有事に備える」ことの重要性を根付かせること。恐らく大半の宿泊事業者に共通する問題点なのですが、いい意味でも悪い意味でも、外部環境に左右されることを受け入れてしまっている節があって。



バブルもリーマンショックも、外から来たものですもんね。悪く言うと、諦めに近い。



そうなんです。「今年は〇〇があったから売上が伸びた」、「今年は△△があるから売上は期待できない」というように、能動的な姿勢ではなく、受動的な姿勢が根付いてしまっている状況を変えなくては、と思いました。



具体的には、どんな手を打たれたんですか?



まずは、その時に打てる手を打ちましょう、という一聴すると当たり前のことです。お客さんが来ないから売上は立たない。でも雇用している従業員の給与は支払わなければならないし、営業していなくても館内設備の維持にもコストはかかる。事業存続のためには、売上が立たない中で支出の財源を確保しなければならない。じゃあ、そのために何ができるか、その時々でベストな選択を自分たちで模索していこうと。



自分たちで、というところが肝ですね。



当時、とある外部企業から、「助成金を少しでも多くもらえるように工夫したら」という助言があり、実際にその方向に動こうとしていたのを止めました。「不正受給と判断されるリスクがある」と。「同じように対応している同業者もいる」というのは思考停止で、何かあった時に責任を負うのは自分たちですから。とにかく自分たちに矢印を向けて判断、行動しようと。



入って間もない方が言うのは、勇気が要りませんでしたか?



反発はかなりありましたよ。起きる前から心配してどうするんだ、とも言われました。そこで、どうしたら分かってもらえるかを考え、より具体性のある、説得力が高い実話エピソードを交えて説明しました。銀行員時代、不良債権の回収を担当することが多かったため、倒産した企業や自己破産した個人事業主の方と接した際の話を中心に、一つの判断ミスが命取りになること、その後に訪れる悲惨な結末について、画が浮かぶように説明しました。



理屈だけでは動かないですもんね。



そうですね。後、もう一つ強く訴えたのは、「時代は変わった」ということ。以前はグレーゾーンを上手く渡りきること、所謂「上手くやること」が”賢い”とされていた。しかし、現代は事業運営のみならず、コンプライアンス遵守が何よりも求められる時代。誠実に、クリーンに経営に向き合うことが必要だということを分かってほしかった。
1回、失敗してもらう





社内を変えていく過程で、ご自身のやり方が変わった瞬間はありましたか?



コロナに入って1、2年経った頃に、当時契約していたコンサルティング会社へ1年間出向することになったんです。当時の社内の雰囲気として、”改革派”としてふるまう僕の存在を疎ましく思う人が多く、半ば追い出された形でした。



それは…、なかなかしんどい状況ですね。



自身の考え、やろうとしていることは間違っていないという自負があったし、実際に成果も出ていた。このまま外野の声は気にせず突っ走ろうとも考えていました。ただ、アウェイな雰囲気、逆風が吹き荒れている中で強行突破するのはストレスも大きい。心身共に体力が有り余っている20代のようにはいかない、「このままだと潰れるな」と感じていました。そこで、環境を変え、一度社外に身を置くことで、考え方をリセットしました。



それで、どうされたんですか?



あえて失敗させてから、そこをリカバーするという手法を取ってみようと思って。



えっ、失敗させる…!どういうことでしょう。



「利益重視の販売戦略が重要で、そのためには自社サイトからの予約比率を上げなければいけない」という話をした際、「そんなものに拘る必要はない。集客は旅行会社に任せておけばよい。」と言われてしまったんですよ。以前はそこで折れることなく戦っていましたが、じゃあ実際に自社予約比率を重視しなかったらどうなるか、一回体感してもらおうと。



自社サイト経由での集客を強化しないと、集客コストがかかってしまいますよね…。結果は、どうなりました?



その通りです。他社経由の予約は1件ごとに送客手数料がかかるので、売上の伸びと比例して手数料負担も増え、利益率の低下を招きます。他社経由の予約が増えたが故に、「売上は伸びたが利益が減った」という状態を実際に体感してもらう。その上で、再度「自社予約比率の重要性」を訴え、納得せざるを得ない状況をつくった上で、実際に着手しました。



理解してもらうために、1年待ったわけですね。



「もっと早く取りかかっていれば…。勿体ない…。」という気持ちはもちろんありますが、会社組織である以上、足並みを揃えなければいけないのも事実ですからね。
SNSは、売るための道具じゃない





今、かなり力を入れてらっしゃるWebマーケティングは、銀行員時代からのスキルだったんですか?



いや、まったくです。自分で勉強して、実践して、というところからでした。ただ、ここで伏線回収みたいな出来事が起こって。そもそも僕がなぜ銀行の仕事が嫌だったのか、その理由を言語化できるようになったんですよ。



マーケティングを学んで、前職への答えが出たんですか。



自社サイトから予約してくれる人を増やそうと思ったら、まず考えるのはお客さんの行動パターンを予測することなんですよね。どんなニーズがあるのか、どういう思いにさせたら動いてくれるのか。ニーズがない商品は、どれだけ売りつけたって買ってくれない。それを突き詰めたときに、あ、俺が銀行の仕事を嫌だった理由はこれだ、と思って。



ニーズがないところに、売りに行くこと。



そうです。先月既に融資を実行した会社に、新たな資金需要もないのに「今月も借りてもらえませんか」、というのは土台無理な話じゃないですか。お客さんが望んでいないことをやらなければいけない、理に叶っていないことをやれと言われるのが、何よりも嫌だったんだと気づけた。ということは、市場のニーズを予測・キャッチし、そこに如何にアプローチすれば成果を導き出せるかを追求する、この仕事は自分の性に合っているな、と。



そこからは、どんな打ち手を?



集客にはSNSが不可欠です、SNS運用によって売上がこれだけ伸びました、と再現性があるかのように売り込んでくる業者さんがいますけど、あれは明らかにまやかしです。SNSは販促ツールじゃなくて、認知向上のツールなんですよ。上流で機能するもので、刈り取りの部分では効力を発揮するものではない。



認知は広がっても、そこから直接は落ちてこない、と。



SNS運用だけに力を入れても、その先の導線が敷かれていなかったら刈り取れないんです。うちはまず、自社のホームページに誘導し、そこから宿泊予約してもらうことが目標。でも「下呂温泉 旅館」のような検索結果で上位に来て目に入るのは、大手の旅行予約サイトなんですよ。



たしかに…!じゃあ、どこで戦うんですか?



うちのホームページが必ず一番上に来るのは、「下呂温泉 小川屋」という指名検索をしてもらった場合です。ユーザーに指名検索を行ってもらうには、まず何よりも小川屋の存在を知ってもらうことが重要(認知獲得)。そこから、「いい旅館だな」「泊まってみたいな」と思ってもらえるような魅力を如何に発信していくか(拡散力強化)。この認知獲得と拡散力強化を併せて実現可能なのが現代には欠かせないツールとなったSNSです。つまりはSNSマーケティングの成功こそが自社予約比率向上のカギである、との結論の下で各種施策に取り組んでいます。出口から逆算して、やるべきことを明確にする。この過程を踏んで初めて有効な施策の立案が可能になります。昨年展開してきたオリジナルショートドラマも、こうした取り組みの中で生まれた企画でした。



ショート動画、たしかに旅館のイメージが変わりました。続きが見たいと思うくらい面白くて。ちなみに、脚本はAIで、というのは考えないんですか?



これはあくまで現時点での私見なんですが、AIに任せるべき仕事と、そうでない仕事があると思っていて。昨今は何でもかんでもAI活用による省人化が声高に叫ばれていますが、量よりも質が求められる領域は、AIに任せるべきではないと考えています。ドラマの脚本は正にその領域で、より多くの方に視聴してもらうには興味を引くような展開や、面白いストーリー構成が必要。制作会社と何度もミーティングをして、手間も時間もかかりましたが、一話一話、全て自身のリソースを割いて作ってきました。
過去を意味のあるものにするために、今を変える





採用についても伺わせてください。今は年間で何人くらい、という計画があるんですか?



採用については、これまでの考え方を改めるべきだと強く訴えているところです。例えば清掃部門であれば、「この客室数の清掃を賄うために必要な人数を採用する」ではなく、「新規採用含め、現状確保できる一定品質の清掃技術を備える人材から逆算して販売可能客室を定める」という考え方に変えていくべきじゃないかと。



数を追うのをやめる、ということですかね。



企業存続のためには、売上よりも利益重視の考え方が必要。売上のボリュームではなく、如何に利益率を高めていくか。その考え方に基づけば、宿泊単価の維持=顧客満足度を上げていくことが重要で、「あの旅館はいつ行っても値段に見合った、満足感の高い滞在ができる」という印象を持ってもらう必要がある。そのためには、数を追う採用を止め、採用市場環境に応じて質の高い人材を如何に採用するか、にフォーカスする必要があると考えています。



だからこそ、採用にはコストをかけると。



先程のドラマの話にも関連してきますが、”量より質”を求めるのであれば、AIに全てを任せるべきではないと思います。もちろん、要所要所でAIを上手く活用することは必要です。しかし、目的達成の肝となる部分は、やはり人的コストを投じて賄うことが重要だと考えます。



質の良い人材を採用したいということですね。では最後に、御社を含めて観光・宿泊産業に興味のある若い方に、一番伝えたいことを伺えますか?



うちの社長や昔から働いている人の話を聞くと、伝統や歴史をちゃんと存続させたい、次世代に紡ぎたいという思いが強いんですよ。その思いが強いがあまり、変わることに対して恐れを抱いている。私が一番伝えたいことは、伝統や歴史を後世に残していくためにこそ、時代の変化を受け入れる覚悟が必要であるということ。過去に囚われるがあまり、今潰れてしまっては元も子もない。先人の功績を意味のあるものにするためには、今を生き延びなければいけませんから。



守るために、変える。



ですから、「伝統と革新」をスローガンに掲げています。時代に順応する柔軟な姿勢を大事に、新しい温泉旅館のカタチを模索し続けていく。そのためには人材の循環が必要なので、若い人の意見がちゃんと反映される会社にしていきたいと考えています。そういうところも含めて、アイデアや発想が形になる、チャンスが巡ってくる職場なので、ぜひ若い方に来てもらいたいですね。



業界のこともマーケティングのことも知らないところから始めて、いまは会社の看板を作る側にいる。その出発点が、難しい理屈ではなく「地元に貢献したい」という素朴な思いだった…。何を専門にしてきたかより、どこへ向かいたいかが入口になるんだと、大原さんの歩みを聞いて思いました。大原さん、本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
株式会社小川屋_採用ページ

