「逆算して生きろ」株式会社グローブ・エンターブレインズ 大友社長が語る、夢を諦めた先で見つけた自分のポジション

好きなことを仕事にしたい。でも、まわりを見たら自分より上手い人ばかりで、そっと夢を諦めてしまった…そんな経験はありませんか?

株式会社グローブ・エンターブレインズの大友民男(おおとも たみお)社長は、作曲家を目指して音楽の専門学校へ進んだものの、その夢を断念した一人です。それでも音楽業界への入口を探し、いくつかの会社を経て31歳で独立。実績ゼロの新人作家4人で始めた音楽制作会社は、今年で24期目を迎えました。

今回はそんな大友社長に、音楽業界での下積みや、新人だけで大御所に挑んだ日々、そしてAIが曲を書く時代に守っているルールまで、じっくりお話を伺いました。読み終わる頃には、「逆算して生きろ」という言葉の重みが、伝わってくるはずです。

お話を伺った人

株式会社グローブ・エンターブレインズ

大友 民男 代表取締役

音楽の専門学校を卒業する頃には、作曲家の夢を断念。日本にはまだ少なかった「レコーディングエンジニアのスキルを持ったプロデューサー」という立ち位置を狙い、スタジオへ就職。その後、3年ごとに職場を移りながら下積みを重ね、31歳で独立。新人でも活躍できる作家事務所を作りたいと、実績ゼロの4人を集めて事業を立ち上げた。現在はJ-POPからアイドル、VTuber、様々なBGMまで幅広く手がけ、24期目を迎えている。 

目次

作曲家の夢を断念。誰も座っていない椅子を探した

編集部

音楽制作会社を率いていらっしゃいますが、大友社長ご自身も、もともとは音楽を作る側を目指されていたんですよね。

大友社長

ええ。音楽の専門学校に入って、卒業する時ですね。本当は作曲家になりたかったんですけど、その時にまわりの仲間のスキルが高すぎまして。作曲家になるという夢は、その人たちのせいで断念することになりました(笑)。

編集部

まわりが上手すぎた、と。それでも音楽の道は諦めなかったんですね。

大友社長

はい。作曲家は断念したとはいえ、なんとか生きていく道はないかと思ったんです。それで、レコーディングエンジニアのスキルを持ったプロデューサーという人が、昔は海外には少しずついたんですけど、日本人だと少ないなと思いまして。

編集部

まだ誰も座っていない椅子を見つけた、ということですか。

大友社長

そういう人になれるんだったら、それはそれで独自のポジションになれると思って。それで先に、レコーディングエンジニアとしてスタジオに就職したのがきっかけです。

編集部

作曲家として正面から勝負するのではなく、勝てる場所を先に設計されたんですね。

大友社長

そうですね。そこから音楽業界で、かなり揉まれるに揉まれました。3年ごとに、色々と会社を変わっていきましたね。

編集部

夢が絶たれたその場で、次の椅子を探し始める。諦めることと、降りることは違うのだと感じます。

タイムカードは月600時間。「ド素人が、間違えて業界に入っちゃった」

編集部

3年ごとに会社を変わりながらの下積み、というと、当時はどんな働き方をされていたんですか?

大友社長

今でこそ本当に信じられない数字なんですけど、1ヶ月のタイムカードを管理したら、労働時間が600時間以上でしたね。

編集部

600時間…。30日で割ると、1日20時間ですか…!?

大友社長

やることが多すぎまして、色々やっていたら600時間を超えた月が3回ありました。200時間を超えたらアウトなのに、その3倍やっていたんですよね。

編集部

よく体がもちましたね…!

大友社長

高校の時にトライアスロンを完走したので、体力だけは自信があったんです。それにしても、でしたけどね。

編集部

なぜ、そこまでの時間が必要だったんでしょう?

大友社長

それぐらい、僕はド素人だったんですよ、逆に言うと。音楽のことを何も知らないぐらいの素人が、間違えて音楽業界に入っちゃったものだから。どこかで下積みというか、取り戻さなきゃいけなかったんです。

編集部

足りない分を、時間で埋めていたんですね。ちなみに、その時期に得たものは何でしたか?

大友社長

僕は楽器ができないんです。アレンジも全然できない。ただ、自分で作曲活動は150曲ぐらいやっていて、プロにはなれないと諦めてはいましたけど、自分でも作っていたものだから、メロディにはこだわっていたというか、わかったというか。それで音楽業界に入って、大御所の作曲家さんたちにずっと張り付いて、ご飯を食べに行ったりしていたら、目から鱗のいろんな話を吸収できたんですよ。

編集部

作れないからこそ、聞きに行けたんですね。

大友社長

その勝ち技の数々を僕は、新人で試してみようと思ったんです。それで31歳の時に独立して、会社を立ち上げました。

編集部

知らないことを引け目にせず、知っている人の隣に座り続ける。素人だったことが、かえって武器になったんですね。

実績ゼロの4人で、大御所に挑む。「大谷翔平選手と、地方予選の高校球児くらいの差があった」

編集部

独立された時は、どんな体制だったんですか?

大友社長

アルバイト情報誌に「作曲家になりたい人募集」と出したんです。そうしたら5人ぐらい応募があって、そのうちの4人をピックアップして。実績ゼロの新人作家4人に、じゃあ俺が事務所をやる、と。新人作曲家でも活躍できる音楽制作会社は、作曲家を諦めてしまった自分に対しての挑戦だったんですよ。

編集部

実績ゼロの4人でスタート。かなり思い切ったスタートですね。

大友社長

正直、素人の集まりだったので、いくら集まったところで、有名な大御所の作曲家たちに試合を望んでも、勝てるはずもなくてですね。今で言うと、大谷翔平選手と、高校の地方予選の球児ぐらい実力差があったんですよ。

編集部

そこまでの差が。

大友社長

今思えば無茶でした。何の料理が出るかわからない飲食店がオープンしましたと言われても、一般の方は入ろうと思わないですよね。まさにそういう状態で、「何が作れます」ではなく、「何でもとにかくやらせてください」というプレゼンしかできなかったんです。

編集部

その差を、どうやって埋めていかれたんですか?

大友社長

弊社を立ち上げた理由はそこで、全部クオリティコントロールをして、弊社の予選を通過した楽曲のみを提案するということで始めました。それを毎回提出しに行って、木っ端微塵にボロクソ言われながら全案件のノウハウを急速に積み上げました。あとは当時、新人作家に対する登竜門的な仕事が、まだあったんですよ。大御所があまり手がけない、新人歌手のアルバム曲やカップリングの枠ですね。

編集部

その枠に、入っていったんですね。

大友社長

誰もやらないような仕事を大歓迎ということで受けて、少しずつ勝ち方を覚えていったんです。ただ、前半3年ぐらいはうまくいかないことがほとんどでした。それが4年目になってくると、弊社の作家さんたちが勝ち慣れてきたんですよね。こちらがクオリティコントロールをしなくても、いいクオリティで上がってくるようになって。

編集部

3年、耐えられたんですね。そこから会社は変わりましたか?

大友社長

そこから常勝軍団にガラッと変わりました。アニメの主題歌で一気に知名度が上がって、仕事も増えましたし、採用率も相当上がりましたね。

編集部

そこから20年続いている理由は、どこにあると思われますか?

大友社長

もし弊社が特定の分野、例えばアニソンだけの会社になっていたら、3年から5年ぐらいしか持たなかったと思うんです。でも常に新人が入ってきて、その新人君たちが色んな畑をずっと耕してくれた。だから24年目を迎えたんじゃないかと、最近は思っています。

歌心とは「ボーカリストの感情論」。1音に至るまで責任を持て

編集部

新人の方が勝ち慣れていったとのことでしたが、具体的には何を教えていらっしゃったんですか?

大友社長

歌心を大事にする作曲家を育成したかったんです。だから、歌心溢れるメロディとはなんぞや、というのを、とにかくずっと作家さんと追求していました。それがわかっていったということだと思います。

編集部

歌心、ですか。言葉にするのが難しそうです。

大友社長

弊社の場合はメロディは、ボーカリストの感情論だと教えています。Aメロでこういう始まり方をした。それはそれでいい。じゃあ、なぜBメロでもうちょっとこうしなかったのか。Bメロで似たようなことをやったなら、なんでサビでまた似たようなことをやったのか。お前、同じことをずっと言い続けてるぞ、と。

編集部

1番と2番で感情が動いているはずなのに、そこに乗せていないじゃないか、ということですね。

大友社長

そうです。時間軸で引っ張りすぎていたり。イマドキはもうちょっと畳みかけて展開させるのもありだと思いますけど、ボーカルの感情論として成立しているかどうか。1音に至るまで責任を持て、と教えています。

編集部

1音に、責任を。

大友社長

この音、なんか無駄じゃない、とツッコミを入れるんです。例えばお笑いの「そんなの関係ねぇ」。あのフレーズは、音として心地よかったから、インパクトになっていたわけです。そこに無駄な音数を入れて「そんなの関係ないと思うんだよね」にしてしまったら、もう伝わらなくなる。

編集部

あぁ、それはよくわかります。

大友社長

あとはブレスポイントですね。息継ぎもちゃんと作曲しろ、と伝えています。息継ぎのところまで全部メロディを埋めていきすぎると、お前、メロに自信がないって自分で言っちゃってるようなもんだぞ、と。

編集部

要らない音を削ることで、伝えたいものが立ち上がる。意味のないものを置かない優しさが、聴く人に届いているのだと感じます。

AIは一切使わない。それでも入口はある。「逆算して生きろ」

編集部

1音まで人が責任を持つ、というお話を伺うと、AIが曲を作れてしまう今の状況をどう見ていらっしゃるのか気になります。

大友社長

まずJASRACが、全部AIで作ったものに関しては著作権を付与しないと明確に言っています。それに、弊社が発注をいただく中身に関しては、各メーカーから「AIは一部でも使ってはいけません」とはっきり明記されているんですね。

編集部

そもそもルールとして、使えないんですね。

大友社長

弊社にAIを使う作家さんは0です。それを宣言しないと、各メーカーから弊社に発注が来なくなってしまうので、そこは徹底しています。

編集部

ちなみに、AIで作った音楽って、わかるものなんですか?最近の生成AIは、どれも人間が作った従来の音楽のように自然で…。

大友社長

アレンジではわかりづらいです。でもメロディでわかる。AIが好んで生成しやすいメロディがあるんですよ。逆に言うと、その人っぽくない。案件の大小に関わらず、ルールはルールなので、例えば大御所の作家さんだとしても、AIを使用したら契約は躊躇なく解消します。グレーゾーンは、僕はブラックだという考えで会社を運営していますから。

編集部

そこまで厳しい世界だと、未経験の方は身構えてしまいそうです。当メディアの読者にも、音楽で挫折した経験を持つ方がいらっしゃるんです。

大友社長

音楽制作会社は最近、アニソンに強いとか、アイドルばかりとか、タイプがはっきりしている会社が多いんですけど、弊社は総合的にやっているんです。J-POPからアイドル、VTuber、ライバーの方、歌なしのBGMまで。だからクリエイター志望の方だったら、どこかしら引っかかる畑はあると思います。そのうえで僕が新人君たちにいつも思うのは、才能よりは人間力だということですね。

編集部

人間力、ですか。

大友社長

評価してくれるんだったら僕もやりたいです、という方は多いと思うんです。でも、覚悟を持って音楽業界に飛び込んでくる方がどの程度いるのか。そこを見極めようと思って、いつも色々質問しています。覚悟次第だと思いますね。

編集部

最後に、その一歩を踏み出せずにいる20代へ、メッセージをいただけますか?

大友社長

これは声を大にして言いたいことが1つあります。逆算して生きろ、ということです。そうすれば、いろんな嫌な人に会ったとしても、ブレない自分になるんですよ。これで僕は生き延びたと思っています。

編集部

10年後どうありたいかを決めて、そこから5年後、2年半後の自分を割り出していく、ということでしょうか。

大友社長

そうです。そのために、自分の目標をはっきり定めなきゃいけなくなってくる。つまり、調べろということなんです。ヒットを出すクリエイターになる、みたいなぼんやりした理想像ではなく、業界に誰がいて、その人はどんなやり方をしているのかを徹底的にサーチする。そのうえで、その人がいるから自分は逆にどの道で行くか、と自分のポジションを想像する。中長期の課題なのか直近の課題なのかを整理していけば、おのずと道は開けると思っています。

編集部

作曲家の夢を断念したその日に、誰も座っていない椅子を探し始めた。大友社長ご自身が、その言葉の証明ですね。今日の一言は、夢を諦めかけている方にとって、もう一度、地図を広げ直すきっかけになるはずです。大友社長、本日はありがとうございました。

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