【1923年創業の家業で始めた狩猟の文化づくり】株式会社濵﨑銃砲火薬店・濵﨑さんが語る、”自分のやりたいことのために、仕事を利用する”という発想

高速道路のトンネルも、墓石になる石も、ダイナマイトで掘り出されています。その火薬と、猟に使う銃を扱っているお店が、1923年創業の株式会社濵﨑銃砲火薬店。

同社の次期社長である濵﨑さんは、大学ではメディアを学び、滋賀県の魅力を伝えたくてテレビCMの制作会社に入りました。その後、地元に戻り、まずはこの家業を手伝い始めます。 「自分のやりたいことのために、仕事を利用する」。そう考えられるようになったのは、家業に入ってからだと言います。

今回はそんな濵﨑さんに、銃とダイナマイトを扱う仕事の内容と、その”自分のやりたいこと”でもある、いま広げている事業について、じっくりお話を伺いました。

お話を伺った人

株式会社濵﨑銃砲火薬店

濵﨑 航平

滋賀県出身。関西大学でメディアを学び、地元の魅力を伝えたいとテレビCMの制作会社へ。その後、地元に戻り、1923年創業の家業を手伝い始める。次期社長という立場で銃砲の販売・修理と、爆薬の販売・施工を担う。自身もクレー射撃を始め、3年で日本代表に。

目次

家業を継ぐと決断するまで

編集部

濵﨑さんは、創業1923年の銃砲火薬店の次期社長とのことですが、もともと、この老舗の家業を継ぐつもりでいらっしゃったんでしょうか?

濵﨑さん

いえ、むしろ継いでやるものか、という気持ちでいました(笑)。実家と会社は別の場所にあって、日常的に触れ合う機会がなかったですし、父も長男だから継がされたと言ってもいい立場で。自分で選んだ仕事ではないからか、苦労する姿を見ていたんですよね。

編集部

では、どんな道に進もうとされていたんでしょう?

濵﨑さん

私は地元の滋賀がめちゃくちゃ好きなものですから、その魅力を伝えていく側になりたいという気持ちが昔からありました。関西大学でも、テレビや新聞、音楽や漫画まで扱う幅の広い学部でメディアについて学び、テレビCMの制作会社に入ったんです。

編集部

地元の魅力を伝えたくて…!そこから、どうして家業に戻られたんでしょう?

濵﨑さん

その制作会社時代に体調を崩してしまって、滋賀県にUターンしたんですよね。次の仕事も思い浮かばなくて、1~2ヶ月は何もしていない時期がありました。その状態でどこかに就職しても続かないのは目に見えていたので、まずは家業を手伝うことにしたんです。

編集部

なるほど。制作会社ってハードそうですもんね…。

濵﨑さん

ただ、うちの商材はダイナマイトと銃で、日常生活で触れ合うことがないので、知識が何もないんですよ。何なら、私よりもお客さんの方が詳しかったりするので(笑)。それでまずは、自分で銃を持って、クレー射撃を始めてみたら、これが意外と面白かったんですけど。

編集部

知識を得るために、ご自身で。

濵﨑さん

そんな時に、社員から「継ぐのか継がないか」と、めちゃくちゃ言われまして。銃やクレー射撃は、仕事にできたらいいなとは思いつつ…。とはいえ地元滋賀県を盛り上げるための何かをやりたいという気持ちもずっとあったので、どっちにしようか悩んでいたんですけど。

編集部

最終的に、継ぐと決断されたんですね。

濵﨑さん

はい。家業だったら両方できるなと思ったんです。極端な話、家業をやりながら街づくりをしてもいいし、新規事業を立ち上げてもいいわけなので。もしかしてこの環境はすごく恵まれてるのでは?と感じて、継ぐ流れになりました。

トンネルは、ダイナマイトで掘ってるんです

編集部

継がれた家業では、銃砲の販売と修理・メンテナンスと、ダイナマイトの販売・施工を行ってらっしゃるとのことですが、取引先はどういったところが多いんでしょう?

濵﨑さん

銃は、ハンターの方や競技の選手との取引が中心ですね。ダイナマイトは、石を採る方たちがメインのお客様です。たとえば墓石に使う石を採るのに山を切り崩すときに、ダイナマイトが使われるんですよ。

編集部

えっ、お墓の石を採るためにダイナマイトが使われる…!それは知りませんでした。

濵﨑さん

滋賀県の名産のひとつに信楽焼があるんですけど、その土を採るために山を切り崩す時に使われることもあります。あとは公共工事ですね。高速道路にトンネルが通るじゃないですか。あれ、ドリルで掘ってるわけじゃなくて、ダイナマイトで掘ってるんですよ。

編集部

トンネルは、ドリルで掘るものだと思っていました…!

濵﨑さん

高速道路を支える足も地面に埋まっているので、その穴にも使います。ゼネコンさんが相手なら配達と販売までやりますし、砕石屋さんは資格を持つ方がいないこともあるので、施工まで行きますね。

編集部

爆発させるところまでやるんですね…!火薬って、正直運ぶだけでも怖くないですか…?

濵﨑さん

最初は、恐怖心はありました。ただ、意外と爆発しないようにできているんですよ。それこそ、追突されない限りは爆発しません。車に「火」とか「毒」と書いてあるのを見かけると思うんですけど、ああいう掲示をしているので、後続の車も気を使ってくださるんですね。

50年で6割減って、いま8万人ちょっと

編集部

取引先についてお聞かせいただきましたが、日本における銃の所持人口に関しては、あんまり多くないイメージです。市場の規模感は気になりますね…。

濵﨑さん

そこがこの業界の課題でして。銃を所持している方の人口は、50年で6割ぐらい減っているんです。いまは8万人ちょっとですね。しかも、所持している方の6割が60歳以上になります。

編集部

この先を考えると、厳しい数字のような…。

濵﨑さん

そうなんです。所持する方がさらに減ることを考えると、いまのうちから新しい顧客層を開拓しないといけない。それで新規事業だったり、色々と動いているところなんですね。

編集部

開拓というと、営業をかけていく感じですか?

濵﨑さん

それが、営業をかけてもどうしようもないんですよ。銃持ちませんかって言われても、はい買いますという人がいるわけでもないですし、そもそも買える人がすごく限られているので。

編集部

買ってもらう相手がいない、探しにも行けない…。

濵﨑さん

じゃあ何をしたらいいんだという話なんですけど、そもそも銃を持ちたくなるような文化を作ってしまえばいいんじゃないか。そこが、いま私が考えているところなんです。

編集部

単に新しい売り先を見つけるということではなく、これから持ちたくなる人を増やす。その文化というのは、どういうものなんでしょう?

濵﨑さん

狩猟、ですね。抵抗のある方は多いんですけど、狩猟の要素を分解すると、アウトドアやサバイバルなんかが含まれています。さらにジビエ料理があるので、食も入っている。釣りも狩猟といえば狩猟ですよね。

持ちたくなる文化を作ってしまえばいい

編集部

定義を広げると、関わる人がぐっと増えそうです。

濵﨑さん

そうなんです。狩猟という言葉の定義を広げれば、可能性のある事業なんですね。アウトドアも、突き詰めるとサバイバルになるんですよ。最近は、自分で採ったものを食べたいというニーズが出てきましたし、芸能人の方がYouTubeで発信している影響もあり、憧れる方が増えてきました。

編集部

たしかに、サバイバル系のYouTubeは私も好きでよく見ています。

濵﨑さん

アウトドアから始めてもらって、サバイバルまで持っていって、そこからハンターになる…。その道のりを文化にできれば、その方に合った距離感で銃と関わっていただけると考えています。

編集部

その発想がすごいですね。でも少なからず「とりあえず銃に触ってみたい」という人もいるような気もします。

濵﨑さん

実は、そういうお問い合わせもよくいただくので、シミュレーター事業を始めました。ゲームセンターの射撃ゲームのようなもので、コントローラーが本物の銃なんです。法律に該当しないよう改造してあるので、どなたでも持てるんですよ。

編集部

「とりあえず」のニーズにすでに応えているんですね。しかもゲーム感覚にすることで意図的にハードルを下げられているのがもう脱帽です。お店にも、入りやすくする工夫をされているとか。

濵﨑さん

そうですね。店舗のほうも、一般の方が入りやすいようにと考えて、内装を変えてアパレルも始めたんです。銃は限られた人しか買えないですけど、衣類は誰でも買えますからね。

編集部

なるほど。単に銃の品ぞろえを増やしたということではなく、訪れる方の間口を広げられたんですね。

濵﨑さん

そうなんです。パッと見は洋服屋さんで、よく見ると後ろに銃が並んでいる。「なんなのこのお店?」と入ってきてくださる方が増えました。ほかにアウトドア用品も釣り具も置いていて、これらはすべて滋賀県産のものです。使っていただくことが滋賀県を知るきっかけになるかもしれませんし、これも一種の街づくりをしている感覚ですね。

うちの会社を利用してほしい

編集部

構想があっても、動き出せる方は多くないと思います。何が濵﨑さんをそこまで動かしているんでしょう?

濵﨑さん

もちろん地元滋賀への想いはありますが、大前提として、家業を続けないといけないというのがまずありますね。個人的には、私自身が銃や火薬を扱うといった仕事に対する偏見がなく、私が楽しくなることをやっていたら必然とそういう人が増えてきているのがありがたいところです。

編集部

今後、事業を発展させていく仲間に関しては、探されているんでしょうか?

濵﨑さん

祖父の代からの社員も50代に入ってきていますので、事業を続けていく上で、新しいパートナーが必要だなというのはあります。ただ、うちの会社で働きたいっていう人は、変な話、あんまり求めていないんですね(笑)。

編集部

普通とは逆のような気がしますが、それは…。

濵﨑さん

会社や事業に魅力を見出している方だと、その枠にはまってしまうんですよ。私が求めているのは、夢だったり目標を持っている人です。自分のやりたいことのために、仕事を利用する。私自身が、その考え方でやってきたので。

編集部

やりたいことがあるなら、この会社を使ってください、ということなんですね。ただ、自分の夢がある方だと、いずれ独立する懸念もありそうですが…。

濵﨑さん

それでいいんですよ。うちの会社を利用してほしいなと考えていますので。外に出てくれることで、また新しい可能性を連れてきてくれるんじゃないかなと。繋がりは絶対に残るので、人は減るんですけど、自分の資源は増えるんですね。

編集部

そのように考えてるんですね…!最後に、濵﨑さんはこの先どんな未来をつくりたいと考えていますか?

濵﨑さん

滋賀県をもっと面白く、知ってもらえる街にしたいんです。大学時代、「滋賀っていいよね」という言葉が周りから出てこなかったのもあって…。それで最終的には、滋賀県を狩猟でブランディングできたら面白いかなと。最初に狩猟を始めるならここだよね、と…。そういう印象が紐づけば、と考えています。

編集部

濵﨑さんの「地元の魅力を伝えたい」という気持ちは、いまも変わっていません。変わったのは、それを進める場所のほうでした。 自分がやりたいと思ったことは、どのような環境であっても、やり方次第で進めていける。夢や目標を、追い続けられる。今回はそんな発想の転換の実例を知ることができました。濵﨑さん、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。 

目次