困りごとを解決して「ありがとう」をもらえる仕事がしたい。株式会社ハッピースマイル・佐藤社長が、自衛隊退職後に写真を届ける・管理する仕組みをつくるまで

人に喜ばれる仕事がしたい。そう思っても、自分に何ができるのかが浮かばず、そこで止まってしまうことはないでしょうか。

株式会社ハッピースマイルの佐藤堅一社長も「困りごとを解決して『ありがとう』をもらえる仕事がしたい」と考え、保育園やスポーツチームで撮られた写真を保護者やファンに届ける仕組みをつくりました。

もとは陸上自衛隊に8年勤めていた佐藤社長が、なぜ写真の仕事に移ったのか。写真の学校に通わずに、どうやって技術を身につけたのか。保育園の壁に貼られていた写真が、なぜインターネットで買える仕組みになったのか。詳しくお話を伺いました。読み終わる頃には、自分にできる「ありがとう」の作り方が、少し見えてくるはずです。

お話を伺った人

株式会社ハッピースマイル

代表取締役社長兼CEO 佐藤 堅一

高校卒業後に陸上自衛隊へ入隊し、8年間勤務。26歳で退職してカメラマンに転身し、28歳で独立。2008年に撮影の派遣事業から始め、保育園で見た掲示作業の負担をきっかけに、インターネットで写真を売る仕組みを立ち上げる。日本初のサービスとしてビジネスモデル特許を取得。現在は保育園や学校、スポーツチームなど全国の現場に広がっている。

目次

日本で悪いことが起きないと、自分の夢は叶わない

編集部

元自衛官から写真を扱う会社の社長へ転身されたとのことですが。そもそも自衛隊に入られたのは、何がきっかけだったんですか?

佐藤社長

災害派遣に行きたかったんですよ。1995年に阪神・淡路大震災がありましたよね。現場で活躍する自衛官の様子がテレビで映し出されていて、子どもながらに、すごくヒーローに見えたんです。それで中学生の頃にはもう、自衛隊に行こうと決めていました。もともと困りごとを解決して「ありがとう」をもらえる仕事がしたいという気持ちが強かったので。

編集部

中学生で、進む先を決めていたんですね。入ってみて、思い描いていた通りでしたか?

佐藤社長

それが、なかなか出番がないんですよ。当時の日本は平和で、災害派遣の機会そのものがあまりなくて。もちろん何も起きないのが一番なんです。ただ、そこで気づいてしまって…。自分の夢が叶うには、日本で悪いことが起きないといけないんですよね。

編集部

あぁ…。消防士の方が、家が燃えないと出番がない、という話に近いですね。

佐藤社長

そうなんですよ。かといって、トラブルが起きて欲しいわけでもないじゃないですか。そこがずっとモヤモヤしていました。

編集部

そこから、どういう流れで…?

佐藤社長

そんなときに日本でデジタルカメラが発売されて、デジタルの一眼レフを買ったんです。それで、駐屯地で活躍している隊員を望遠のレンズで撮ってみて。プリントして本人に渡したら、めちゃくちゃ喜んでくれて。そのときに思ったんです。悪いことが起きてもらう「ありがとう」じゃなくて、自分から生み出せる「ありがとう」だったら、コントロールできるんじゃないかと。

編集部

夢の叶え方が、入れ替わったんですね。自衛隊は、そこで辞められたんですか?

佐藤社長

辞めました。8年いて、26歳のときです。定年までいるつもりでしたけど、これは違うなと思って、写真の業界に行こうと決めました。

3ヶ月で良い写真が撮れるようになりました

編集部

26歳で写真の世界へ。まずは何から始められたんですか?

佐藤社長

カメラマンって、よくも悪くも医者みたいな国家資格がないんですよ。今日からカメラマンです、と言えばカメラマンなんです。ただ、そこから2年かけて専門学校に通うのは、すごく遠回りな気がしていました。

編集部

独学で学べる時代でも、なかったですよね。

佐藤社長

そうなんです。うまく撮れない理由が、本を見てもよくわからなくて。いまと違ってAIもないので、どう聞いたらいいかもわからないんですよ。ただ、そのときに見つけたのが、写真の専門学校のホームページに出ていた、体験入学のバナーでした。

編集部

体験入学、ですか。

佐藤社長

学校側は生徒を集めたいわけだから、知識のある先生じゃないと、体験授業で魅力を感じてもらえない。つまり、その日は絶対に知識のある講師が来るはずだ、と仮説を立てました。それで申し込んで、授業のあとに日頃からノートに書き溜めていたことを聞いたら、どんどん教えてくれるわけですよ。それで、教わった通りに撮れば本当にうまく撮れるようになって(笑)。3ヶ月くらいで自分の中では納得できるものになって、本来2年かけてやるものを、そこまで縮められました。

編集部

2年を3ヶ月に。そこから、仕事にはすぐつながりましたか?

佐藤社長

いえ、写真事務所の面接では「あなた、写真の学校を出ていないよね。この業界はあまり甘くないから、別の仕事にした方がいいよ」と言われました。ただ、これも自分の性格で、無理って言われると、絶対にやりたくなっちゃうんですよ

編集部

逆境こそ燃えるタイプなんですね…!

佐藤社長

それでもがむしゃらに動いていたら、可能性を感じてくれる方もいるわけですよ。ある写真事務所の社長に拾っていただいて。それで初日に「佐藤くん、ずっといないでくれ」と言われましてね。

編集部

「ずっといないでくれ」は、ネガティブな言葉のようにも聞こえますが…。

佐藤社長

いえ、「いつまでも人に使われていたらダメだから、30を過ぎたら出ていってくれ」とのことで。それで、28歳で独立したんです。

1000枚撮っても、100枚しか見せられない

編集部

28歳で独立されて、最初はどんな仕事から始まったんですか?

佐藤社長

最初はカメラマンを派遣する事業ですね。創業時は「どうせやるなら全国に広げたい」と考えていました。地方でいいと思っている方は、全国展開なんて考えないかもしれないですけどね。

編集部

独立した時点で、もう全国を見ていたんですね。

佐藤社長

全国展開を考えるきっかけになったエピソードもあります。創業した2008年に、とある保育園に営業で行ったのですが、入り口の壁のところで、先生たちが脚立に乗って、たくさんの子どもの写真を模造紙に貼っていたんですよ。それで、下から「大変そうですね~」と声をかけたんです。そうしたら「大変なんてもんじゃないわよ!」と返ってきて(笑)。びっくりしました。

編集部

かなり労力がいる作業だったんですね(笑)。

佐藤社長

そうなんです。壁に貼れる枚数が決まっているので、1000枚撮っていても、そこから100枚を選んで、残りは見せられないんですよ。それだけ絞ったのに、保護者の方からは「写真はこれしかないのか」と言われてしまう。つまり、裏側をわかってもらえないんです。お金のやり取りも先生なので、お釣りがないようにとお願いしても1000円を持ってこられたりすることもあるとかで。

編集部

選んで、貼って、集金まで。その手間は受け取る側には見えないんですね。

佐藤社長

しかも、他の保育園でも同じかと聞いたら、「私が知っているところはみんな同じだよ」と言われて。そのときにひらめいたんです。全国に展開したい、インターネットでできる、困りごとを解決して「ありがとう」をもらう。この3つが全部叶うな、と。当時そういうサービスはなかったので、日本初のサービスとして特許も取りました。

編集部

ばらばらの思いが、その壁の前でつながったんですね。ちなみに、そのサービスはすぐに広がったんでしょうか?

佐藤社長

それが、全く広がらなくて。当時、世の中はまだガラケーだったんですよ。今のスマホのように写真が一覧で並ぶ画面はなくて、ファイル名のリンクを押して、5秒待ってやっと1枚が表示される。だから1000枚載せても「これって1000回押さないといけないんですか?」と言われて…。ただ、そのあとスマホが当たり前になり出して、弊社のサービスもそこから伸び出したんです。いい波に乗れたのかなと思いますね。

想い出は、残すだけじゃない

編集部

その波に乗ってから、事業はどう広がっていったんですか?

佐藤社長

弊社は写真の会社ではなくて、プラットフォーム業なんですよ。想い出を軸にして何ができるか、というポイントで考えています。想い出を残すというところでいくと写真販売になりますし、つくるとなるとアルバムですね。あとは、想い出を管理する、というのもあります。

編集部

想い出を管理、ですか。

佐藤社長

学校やプロスポーツのチームが撮ったデータって、ハードディスクに入れて終わりなんですよ。「この子の2年前の運動会の写真を出して」と言われても、「この中のどこかにあります」となってしまうんです。

編集部

私も、大量の写真データをとりあえず全部同じフォルダに保存だけする、みたいな経験があります。あれ、あとから探すのは大変ですよね。

佐藤社長

そうなんですよ。入れるときはドンと入れますけど、欲しくなるときはピンポイントじゃないですか。2年前の運動会の、あの1枚だけが欲しい、という探し方になる。だからあとからその1枚を取り出せる状態にしておく。そこまでやって、はじめて管理なんです。

編集部

預かるだけでなく、出せるところまでが仕事なんですね。想い出をつくるほうのアルバムは、1冊できるまでに何をしているんですか?

佐藤社長

卒業アルバムや卒園アルバムは、1冊完成するまでに半年から1年くらいかかるんですよ。真っさらなページからどの写真にするかを決めることと、全員が均等に入っているかを見ること…この2つが、作る側の時間をとにかく取るんです。

編集部

どちらも、一枚ずつ人の目で確かめていくわけですもんね。

佐藤社長

はい。その部分を、ボタン1つで解決できないかなと考えていました。それがAIと画像の技術で実現できるようになって、今年の夏に「10秒アルバム」というサービスが出ます。1年間撮った写真を全部突っ込んでボタンを押すだけで、全員が均等に入った状態にしてくれるんです。

カルチャーが合っていれば、周りが手伝いたくなる

編集部

半年かかっていた作業が、ボタン1つに。そうやって現場でかかっていた時間を、次々と仕組みに変えてこられたんですね。ちなみに、一緒にやる仲間は、現在は募集されているんですか?

佐藤社長

採用はリファラルが多いですね。強化と言っても、いい方がいたら、というくらいです。営業は基本的に経験者を採っていますね。

編集部

そうなんですね。佐藤社長が、採用のときにいちばん見ているのはどこなんでしょう?

佐藤社長

大事にしているのはカルチャーなんですよ。どんなにスキルが高くても、カルチャーが合わない方は採用していないんです。なので、新卒は5次選考までやりますね。

編集部

5次まで…!かなり時間をかけていらっしゃいますね。

佐藤社長

約20年やってきて、退職していく方や、入社して何か違うなという方には、全部カルチャーの価値観が合っていないという共通点があるんですよ。新卒でも22年生きてきて、その方の中に自分の正しさがあるじゃないですか。入社した瞬間に別人になるなんて、無理ですよね。

編集部

合わせてもらうのではなく、もともと合っている方と出会いたいということですね。その御社のカルチャーというのは、どういうものなんですか?

佐藤社長

挑戦と提案ですね。弊社のサービスができたのも、いろいろ挑戦した中からなんですよ。引かれたレールをただやるというよりかは、良くするためにこんなのはどうか、という提案が必要ですし、その案を自分でやってみるという挑戦も大事なので。

編集部

想い出を大切に思うだけでなく、そこから何を提案できるか、なんですね。

佐藤社長

はい。社内で結果を出せる方って、結局はカルチャーが合っている方なんですよ。逆に、カルチャーが合っていて、まだ結果が出ていない方だと、周りが手伝ってあげたくなるんです。「頑張れ」って。

編集部

結果が出る前に、何を大事にしているかを見てもらえる。そう聞くと、いま自分に何ができるかで足踏みしなくてもいいのかもしれません。佐藤社長も、隊員に写真を1枚渡すところから始まっています。誰かからの「ありがとう」は、言ってもらえることを待たずとも、自分から作れるんだなと思いました。佐藤社長、本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。 

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