「まず、働く人を大切にしたい。」株式会社ゆずほ・矢島社長が、訪問看護の現場で感じた課題と独立への思い

父親の病気と死をきっかけに、システムエンジニアを目指していた学生時代から、医療・介護の道へ。
株式会社ゆずほの矢島隆徳社長は、介護の仕事をしながら理学療法士の資格を取得し、病院や訪問看護の現場で経験を積んできました。
その中で強く感じたのが、医療従事者の働く環境に対する課題でした。
訪問件数に追われ、休憩や記録作業の時間も十分に取れない。仕事や人間関係の悩みを抱え、スタッフが次々と辞めていく…。
「どうすれば、スタッフが長く働き続けられる職場をつくれるのか」
そうした思いから独立を決意し、約2年間の準備を経て、自ら訪問看護ステーションを立ち上げました。
現在は、スタッフの声に耳を傾けながら、訪問件数の調整や勤務時間外の連絡の制限、相談しやすい環境づくりなどに取り組んでいます。
今回は、矢島社長が医療の道へ進んだきっかけや独立の背景、現場で実践している取り組み、そしてこれから一緒に働きたい人材についてお話を伺いました。
株式会社ゆずほ
代表取締役 矢島 隆徳
高校時代に父親が病気になり、家庭の事情から大学進学を断念。システムエンジニアを目指して専門学校に進学するも、父親の死をきっかけに医療・介護の仕事に関心を持つ。介護の仕事をしながら夜間の専門学校で理学療法を学び、30歳頃に理学療法士の資格を取得。その後、病院や訪問看護の現場で経験を積み、管理職も経験。スタッフの離職や労働環境の課題を改善したいと考え、約2年間の準備を経て独立。現在は株式会社ゆずほの代表取締役として、スタッフが長く働き続けられる訪問看護ステーションづくりに取り組んでいる。
父の死をきっかけに、システムエンジニア志望から医療の道へ
編集部まずは矢島社長のこれまでのご経歴について伺いたいのですが、もともと医療の仕事を目指していたのでしょうか?



いえ、全然違うんですよ。もともとはシステムエンジニアになろうと思って、専門学校に通っていました。実は、高校1〜2年生の頃に父ががんになったんです。入退院を繰り返していて、家庭の事情もあったので、大学への進学は諦めました。それで、手に職をつけようと思って、専門学校に進んだんです。






専門学校に通っていた頃に、父が亡くなったんです…。それもあって、システムエンジニアではなく、人の身体や健康に関わる仕事をしたいと思うようになりました。



そうだったんですね…。



それで、介護の仕事を始めたんですけど、その中で理学療法士という職業を知りましてね。介護の仕事をしながら、夜間の専門学校に4年間通って資格を取りました。理学療法士になったのは30歳くらいだったので、少し遅めのスタートでしたね。



仕事と勉強を4年間両立されたんですね…!資格を取得されてからは、どのような仕事を経験されたんですか?



病院で理学療法士として働いていました。ただ、病院でリハビリを担当するうちに、退院した患者さんが、その後どんな生活を送っているのか気になるようになったんです。病院では、患者さんの状態が良くなれば退院になりますよね。でも、自宅に戻ってからどんなふうに暮らしているのか、なかなかわからないんですよ。それで、訪問看護の仕事をアルバイトで経験してみたんです。



実際に経験されて、いかがでしたか?



すごく興味深かったですね。それで、その後は訪問看護の仕事に転職しました。利用者さんが普段生活している場所で支援するので、病院とは違った難しさもありますけど、その人の暮らしに直接関われるところに魅力を感じたんです。
「スタッフが辞めていく」。訪問看護の現場で感じた課題



訪問看護の仕事に移られてからは、どのような経験を積まれたのでしょうか?



現場の仕事だけでなく、所長や責任者のような立場も経験しました。その中で、ずっと気になっていたのがスタッフの離職だったんです。以前働いていた職場では、毎月のように誰かが辞めていく時期もありました。



毎月のように辞める方がいたんですか…。そこまで離職が続いていたのは、どうしてだったのでしょうか?



理由はいろいろありますけど、一つは仕事量ですね。訪問看護は、利用者さんのお宅へ一人で訪問することが多いんです。でも、仕事は訪問だけでは終わりません。移動もありますし、記録の作成や関係者への連絡もしなければならない。例えば、1日に7件、8件と訪問すると、休憩する時間も十分に取れなくなってしまうんですよ。



訪問以外の業務もあるのに、それだけ件数が多いと、時間内に終わらせるのは難しそうですね。



そうなんです。事務所に戻ってから記録を書いたり、自宅に仕事を持ち帰ったりすることもあります。しかも、勤務時間が終わってから連絡が来ることもあって、夜遅くまで対応したり、休みの日も仕事のことを考えなければならなかったりする。それでは、なかなか気が休まらないですよね。



確かに、仕事とプライベートの時間を分けるのも難しくなってしまいますね。スタッフの方から、そうした働き方について相談を受けることもあったのでしょうか?



はい。仕事量だけでなく、人間関係についての相談もありました。上司が話を聞いてくれないとか、先輩との関係が難しいとかですね。ただ、僕自身も責任者として訪問に出たり、ほかの業務を担当したりしていたので、相談を聞くだけで精いっぱいになることもありました。経営側とも話し合ったんですけど、会社の方針もあって、なかなか改善できなかったんです。



現場の状況を把握していても、ご自身の立場だけでは変えられないことがあったんですね。



そうですね。それに、スタッフが辞めると、残った人たちの負担がさらに増えてしまうんです。新しい人が入ってきても、忙しすぎて十分に指導する時間が取れない。訪問看護が初めての人に、先輩が同行して仕事を教える余裕もなくなってしまうんですよ。そうすると、新しく入った人も不安を抱えたまま働くことになって、また辞めてしまう。そういう悪循環がありました。



新人の方を育てる余裕までなくなってしまうんですね。そうした状況を経験されて、ご自身で事業を始めようと考えられたのでしょうか?



はい。スタッフが安心して働き続けられる職場を、自分でつくりたいと思ったんです。それで独立を決めて、以前の訪問看護ステーションを退職してから2年くらい準備し、今のステーションを立ち上げました。
1日の訪問件数を抑え、スタッフの声を聞く。独立後に始めた取り組み



以前の職場で感じていた課題を改善するために、独立後はまず何から取り組まれたのでしょうか?



一番大切にしているのは、スタッフの話をきちんと聞くことですね。以前は、スタッフが何に困っているのか、どんなことを不安に感じているのか、十分に聞けていないことがありました。だから今は、必ず月に1回、管理者と面談する機会を設けています。



定期的に面談する時間をつくっているんですね。そこでは、どのようなことを話すのでしょうか?



仕事で大変なことはないかとか、今の働き方についてどう思っているかとかですね。そこで出てきた意見をもとに、会社として改善できることを考えています。給与など、すぐには変えられないこともありますけど、まずはスタッフがどう感じているのかを知ることが大切だと思っています。



実際に、スタッフの働き方を変えた取り組みもあるのでしょうか?



はい、あります。例えば、1日の訪問件数ですね。ほかのステーションでは7件、8件と訪問するところもありますけど、うちは基本的に1日5件、多くても6件程度にしています。移動や記録に使う時間も必要ですし、休憩もしっかり取ってほしいですから。



訪問件数を調整することで、それ以外の業務や休憩にも時間を使えるようにしているんですね。



そうですね。あとは、勤務時間外の連絡についてもルールを設けています。基本的に仕事の連絡を取るのは、朝8時から夜7時まで。それ以外の時間は、仕事の連絡をしないようにしているんです。訪問看護は、仕事が終わった後も連絡が続いてしまうことがありますけど、休むときはきちんと休んでほしいですからね。



なるほど…。ただ、訪問看護では夜間の対応が必要になる場合もありますよね?



もちろん、オンコールといって、夜間などに対応する当番もあります。そこは必要な仕事なので、特定のスタッフに負担が集中しないよう、人員を増やして分担できる体制を整えてきました。以前、スタッフが4〜5人だった頃は、オンコールの負担が大きいという声もあったんです。そこで、何とか人を増やそうと動きました。



必要な夜間対応は続けながら、できるだけ負担が偏らないようにされているんですね。ほかにも、スタッフを支えるために工夫されていることはありますか?



情報共有も大切にしています。みんなが見られるチャットで情報を共有したり、ミーティングを開いたり。訪問看護は一人で利用者さんのお宅に伺うことが多いので、現場で困ったことがあっても、一人で抱え込まないようにしたいんです。
利用者の最期に向き合う仕事だからこそ、一人で抱え込ませない





先ほど、一人で訪問することが多いとおっしゃっていましたが、現場では精神的な負担を感じることもあるのでしょうか?



ありますね。訪問看護では、病気の方や高齢の方を支えるだけでなく、最期を迎える方に関わることもあります。医師と連携しながら看取りに立ち会ったり、ご希望があれば、亡くなられた方の身体をきれいに整えるエンゼルケアを行ったりすることもあるんです。そうした場面に一人で対応することもあるので、精神的な負担は大きいと思います。



利用者さんの最期に関わるとなると、対応を終えた後も、いろいろと考えることがありそうですね…。



そうですね。だから、うちではデスカンファレンスという振り返りも行っています。利用者さんが亡くなられた後に、関わったスタッフで集まって、「こういう対応をしたね」「もっとこうできたかもしれないね」と話し合うんです。看取りに関わったときに、不安を感じたり、「あの対応で良かったのかな」と思ったりするスタッフもいる…。でも、そういう気持ちを一人で抱え込むのではなく、みんなで共有することが大切だと思っています。ほかのスタッフがどう考えていたのかを聞くことで、気づくこともありますから。



自分だけで考えていると気づけないことも、スタッフ同士で話すことで見えてくるんですね。



そうなんです。訪問看護では、まだ小さなお子さんを支援することもあれば、90歳を超える高齢の方を支援することもあります。小さなお子さんの場合は、これからどう成長していくかをご家族と一緒に考えていきますし、高齢の方の場合は、最期をどう迎えるかということも大切になってきます。本当に、さまざまな方の人生に関わる仕事なんですよね。だからこそ、スタッフには目の前の利用者さんにしっかり向き合ってほしい。そのためにも、仕事で感じる不安や負担をできるだけ減らしていきたいと思っています。



そのためには十分な人員を確保する必要もありますよね。開業当初から、そうした体制を整えることはできていたのでしょうか?



いえ、経営面ではかなり苦労しましたね。開業してからしばらくは、利用者さんを増やすことと、スタッフを採用することのバランスが難しかったんです。人を増やしたくても、利用者さんがいなければ人件費を賄えません。でも、利用者さんが増えてから採用しようとしても、すぐに人が見つかるとは限らないんですよね。



人員を増やすにも、事業を成り立たせるための収入が必要になる。難しい判断ですね。



そうなんです。銀行に相談したり、自分でも営業に回ったりしながら、何とかやってきました。スタッフから負担が大きいという声があったときも、「もう少し我慢して」と言い続けていたら、辞めてしまっていたかもしれません。だから、何が大変なのかを聞いたうえで、経営者としてできることを考えて動くようにしていました。ありがたいことに、少しずつスタッフも利用者さんも増えて、以前より安定して運営できるようになってきましたね。
「謙虚で、人の話を聞ける人と働きたい」。次の世代に託したいこと





開業当初の苦労を乗り越えて、少しずつ事業も安定してきたんですね。今後は、どのようなことに力を入れていきたいですか?



今は、会社の土台が少しずつできてきたところだと思っています。これからスタッフが増えていく中で、僕一人ですべてを見るのではなく、現場をまとめられる人を育てていきたいですね。主任や副主任のような立場で、現場の状況を把握しながら、ほかのスタッフを支えられる人を増やしていく段階だと思っています。



そうした役職には、やはり経験の長い方が登用されるのでしょうか?



いえ、必ずしも経験年数だけで決めるわけではないですよ。もちろん、本人の能力や経験も関係しますけど、まずはその人自身が「やってみたい」と思っていることが大切だと思います。こちらから無理に任せるのではなく、本人に意欲があれば、少しずつ挑戦してもらいたいですね。



本人の意欲も大切にされているんですね。では、これから新しく入社される方については、どのような人物像を重視されていますか?



僕が一番重視しているのは、謙虚さですね。人の話をきちんと聞けること。それから、自分の考えを一方的に押しつけたり、相手より優位に立とうとしたりしないことです。医療の仕事は、知識や技術ももちろん大切ですけど、利用者さんやご家族、ほかのスタッフと関わりながら進めていく仕事ですから。まずは相手の話を聞ける人と一緒に働きたいと思っています。



知識や経験だけでなく、人と向き合う姿勢を重視されているんですね。ちなみに、訪問看護の経験がない方でも応募できるのでしょうか?



看護師や理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など、必要な資格を持っている方であれば、訪問看護が未経験でも大丈夫です。入社してすぐに一人で訪問してもらうのではなく、最初は先輩スタッフが1週間ほど同行して、まだ不安がある場合は2週間、場合によっては1か月くらいかけて、少しずつ慣れてもらうようにしています。オンコールについても、最初から一人で対応してもらうのではなく、何度か一緒に経験してから任せるようにしています。



同行期間も、その方の習熟度に応じて調整されているんですね。そこまで段階的に教えるのは、やはり以前の職場でのご経験があるからでしょうか?



そうですね。僕自身、以前の職場で、十分な教育を受けられないまま訪問に出るスタッフを見てきましたから。同じような不安を感じることなく、安心して仕事を覚えてもらいたいんです。これからも、まずは今いるスタッフが無理なく働き続けられることを大切にしていきたいですね。



矢島社長、本日は貴重なお話をありがとうございました。システムエンジニアを目指していた学生時代から、父親の死をきっかけに医療の道へ進み、病院や訪問看護の現場で経験を重ねてきた矢島社長。独立の背景には、仕事量や人間関係に悩み、職場を離れていくスタッフを見てきた経験がありました。現在は、訪問件数や勤務時間外の連絡を調整するだけでなく、スタッフが悩みを相談し、気持ちを共有できる環境づくりにも取り組んでいます。印象的だったのは、経営上の難しさに直面しながらも、現場の声を聞き、できることから改善を重ねてきたというお話です。利用者さんを支えるスタッフ自身が、安心して働き続けられること。その考えを事業運営の中心に置きながら、働く人にも、支援を受ける人にも向き合おうとする矢島社長の姿勢が伝わってきました。

