「その3つが、たまたま全部できることだったんです。」日本ダブルポーション株式会社・南村会長が、グラフィックデザイナーからキャリアチェンジした先で1つになった”犬と料理とデザイン”

いま身につけているものが、次の仕事でどう活きるのか。まだ、その形が見えていない…。そう感じることは、ないでしょうか。

日本ダブルポーション株式会社の南村友紀会長は、かつてグラフィックデザイナーとして身につけたものが、いまの仕事の中にそのまま残っています。 「犬が大好きで、お料理も、デザインも好きだった。その3つが、たまたま全部できることだったんです」。

犬のためのごはんとケーキをつくる会社で、会長であるご自身も、商品の開発から、パッケージやホームページのデザインまでを担当しているそうです。

今回は、グラフィックデザイナーだった南村会長が、どうやって犬のごはんを手作りする仕事にたどり着いたのかを、じっくり伺いました。読み終わる頃には、これまでにやってきたことのどれが次で活きるかを、全部、数え直したくなっているはずです。

お話を伺った人

日本ダブルポーション株式会社

会長 南村 友紀

美術大学でグラフィックデザインを学び、音楽関係の会社、コンピューター関係の会社、人材の会社を経て独立。グラフィックデザイナーとして活動しながら、愛犬のために手作りのごはんとおやつをつくり始め、自由が丘に犬のためのデリカテッセンを開店。3年前に事業を譲渡し、現在は会長として商品開発とデザインを担当。犬のための料理教室も主催。

目次

レコードが、CDになった頃でした

編集部

南村会長は、いまは犬のためのごはんやケーキをつくる会社で、商品の開発とデザインを担当されていると伺いました。もともとは、グラフィックデザイナーでいらしたんですよね?

南村会長

そうですね。美術大学でグラフィックデザインを専攻したので、レコードジャケットデザインをやりたいなと思って、音楽関係の会社に就職しました。グラフィックアーツ事業部というところに行ったんですけど、ちょうどその頃から、時代はレコードからCDになったんですね。

編集部

レコードが、CDに…。ジャケットデザインの仕事は、まるで変わってしまいますよね。

南村会長

レコードは30センチ四方ぐらいあるんですけど、CDは10センチぐらいですごくちっちゃくなって。あっという間に業界の技術は変わっていきました。ただ、当時はその仕事が面白かったんですけどね。

編集部

面白いと思われながら、そこを出られたんですよね。何か、きっかけがあったんですか?

南村会長

大学に入った時に家を出たものですから、親から、「そのままお嫁に行っちゃったら一緒に暮らせないんだから、1年でいいから帰ってきてほしい」と言われまして。それで、1年の約束で実家に帰ったんです。

編集部

1年の約束で、実家へ。その間は、どうされていたんですか?

南村会長

実家の近くの、コンピューター関係の会社に入りました。ちょうどパソコンが出始めた頃だったんですよ。表計算のソフトが出てきたり、プログラミングが始まったばかりだったり。たまたまその時期に入ったので、コンピューターのことを勉強させていただくことができました。

編集部

デザインの次は、コンピューター。ずいぶん振り幅がありますね。

南村会長

そうなんですよね(笑)。それで約束の1年が過ぎたので、東京に戻って人材の会社に入りました。そこではデザインというよりも広告の仕事をしていて、営業中心の会社でもあり、それが私には合わないなと感じ…、3年目にしてグラフィックデザイナーとして独立したんですよ。

市販のドッグフードへの違和感

編集部

ご自分の会社を。その事業は、すぐに回り始めたんですか?

南村会長

前の会社でお世話になった取引先の方がすごく助けてくださって、いろんなご依頼をいただいて、そこから広がっていきました。バブルの頃だったので、フリーランスでも十分食べていける時代でした。

編集部

順調に。そこから犬のごはんには、どうつながっていくんでしょう?

南村会長

私、30歳ぐらいで結婚をして、ゴールデンレトリバーを飼ったんですね。その時は「ドライフードをあげてくださいね」って、獣医さんやブリーダーさんやペットショップの方に、当たり前のように言われたんです。ただ、あれ?と思って。というのも、私は以前、実家で犬を飼っていたんですが、当時は犬のごはんは手作りが当たり前で、市販のドライフードをあげたことがなかったんですよ。

編集部

たしかに、犬を飼っている私の親戚も、市販のものではなく手作りしていたような…。

南村会長

昔はドッグフードなんてなかったので、家を出てから、結婚して自分で犬を飼うまでの間に、時代はこんなに変わっていたんだと思いました。

編集部

手作りが当たり前だった家から、ドライフードの時代へ。それで、市販のものを買ってこられたんですね。実際にはそのフード、いかがでしたか?

南村会長

まず、お湯でふやかすと、すごい変な匂いがしたんですね。「一体これは何でできてるんだろう?」と思って、調べまくりました。そうしたら、ちょっとこれは自分の犬には食べさせたくないな、と思うものが入っていました…。それで、昔実家で母や祖母が作っていた、その当時のものを再現して作って、食べさせてみることにしたんです。

編集部

そうだったんですね…。それでは、手作りのフードの反応はどうだったんでしょう?

南村会長

それまでは、なんだか元気がなくて、お散歩に行っても覇気がないような感じだったんですけど。作ってあげたら、食事を楽しみにするようになりました。あぁ、食べるものって、すごく大事なんだなと。

素人の遊びみたいなところから、始まりました

編集部

食べるものが変わると、そこまで変わるんですね。

南村会長

いまの事業をスタートするきっかけとしては、もう1つあって。私、グラフィックの仕事の兼ね合いで、砂糖で絵を描いたビスケットを焼いていたんです。人間用なので、すごく甘いいい匂いがするじゃないですか。それを作っていたら、うちの犬が「食べたい食べたい」って来たんですね。でも、人間用のものはお砂糖がいっぱい入ってるからあげられず…。じゃあ、ワンちゃん用に作ってあげようと思ったのが始まりです。

編集部

犬のために、砂糖を抜いて焼き直したんですね。

南村会長

可愛く色々やるのも楽しくて、それを友達にもあげた時には、「売ればいいじゃない」って言われて。最初は「え、こんなのどうやって」と不安だったのですが、人づてに福岡のペットショップを紹介してもらったんです。飛行機代6万円もかけて、300円ぐらいのパッケージを持って乗り込んで、初めての営業をしましたね(笑)。

編集部

6万円かけて、300円のものを。思い切られましたね。

南村会長

その甲斐もあってか、たまたまその社長さんがすごく気に入ってくださり、そのペットショップで取り扱ってくれるようにもなって。それから「このクッキー何?」みたいな感じで反響をいただき、取引先がみるみる増えていきました。素人の遊びみたいなところから、犬のクッキーを売り始めたんです。

編集部

最初は個人で楽しく作っていたものが、人に認められ、ビジネスになった瞬間ですね。

南村会長

それからは、友達と一緒に自由が丘の空いている店舗を借りて、自分たちで壁を塗ったりして内装を整えて。デパ地下のサラダ売り場みたいな感じで、大皿にワンちゃんのごはんを色々と並べて売り始めましたね。

とにかくたくさんの商品があります

編集部

いまは、何種類の商品があるんですか?

南村会長

自分でもわからないぐらい、いっぱいあります(笑)。

編集部

わからないぐらい…!ホームページを拝見すると、ケーキがとても美味しそうです。一口食べたら、甘い香りが口いっぱいに広がりそうです。

南村会長

美味しそうに見えても、実はお砂糖は一切入っていないんです。生クリームに見えるのは、カッテージチーズにヨーグルトを混ぜたり、お豆腐で作ったりしているんですよ。でも、イチゴや栗は本物で、こういうものは、犬も食べられるんです。

編集部

たしかに、言われなければ気づきませんね。見た目はケーキで、中身は全部ワンちゃんが食べられるもの…。ケーキの見た目に寄せたのは、何か理由があるんですか?

南村会長

この商品を買うのは飼い主さん、人間なので、自分と同じようなものを食べさせたいんですよ。ケーキを食べていたらワンちゃんが欲しがる、あなたにもあげたいよ、という感覚なので。犬が食べられるもので作っているんです。

編集部

なるほど…!たしかに、南村会長ご自身も、そういう体験をされたと仰いましたもんね。ちなみに工場は、商品ごとに分かれているんですか?

南村会長

ビスケット系を作る工場と、デリを作る工場は別になっています。もう1つ、本社の中にキッチンがありまして、ケーキ類はそこでオーダーに沿って毎日作っていますね。調理のスタッフと、パティシエと、ビスケットを作るスタッフが別々にいます。

編集部

ワンちゃん用の調理師、という資格があるんですか?

南村会長

いえ、普通の人間の調理師を採用しているんですよ。

編集部

人間のごはんをつくっていた方が…!では、このパッケージデザインのほうは、いまもご自身で?

南村会長

パッケージやホームページ、POPやチラシまで、全部自分でやっていますね。食べ物の見た目も、自分で考えていますね。

その3つが、たまたま全部できることだったんです

編集部

デザインの仕事は、いまも続いているんですね。改めて伺いますが、グラフィックデザイナーから犬のごはんへ、というのは大きな転身に見えます。ご自身のなかでは、大きく変わったという感覚があるんでしょうか? 

南村会長

思い切ってキャリアチェンジをしたわけではなくて、自然にこうなったんです。犬を飼ったのがきっかけで遊び始めて、忙しくなって、こっちがメインになっちゃった、というだけで。デザインの仕事も、こうしてまだ続けていますし。

編集部

自然に、こちらがメインに…!デザイン一本で続ける道も、あったと思うのですが…。

南村会長

バブルの頃は正直、こんなやり方でこんなにいただけるの、というぐらい、稼げました。ただ、技術がどんどん発達して、いまはAIでも、ある程度のものが作れてしまいますよね。優れたデザイナーの仕事と、簡単に作ったものとが、あまり変わらなく見えてしまう時代です。

編集部

デザインだけを続けていたら、また違った、と。いまのお仕事は、どのくらい続けていらっしゃるんでしょう?

南村会長

26年目なんですけど、全然飽きないですし、楽しいなと思えますね。

編集部

26年、飽きないそのお仕事…、いまは人は募集されているんですか?

南村会長

常に募集はしています。1番欲しいのは、調理のスタッフですね。年に2人とか、そんなに多くはないので、いい方がいれば、と。

編集部

いまやっていることが次で活きるのか、と迷っている方は多いと思うんです。そういう方に、伝えたいことはありますか?

南村会長

私、最初に一部上場の会社に3回、1年ずつしか勤めていないんですけど、今思えばそれも大事だったな、と思います。きちんとした会社で教育を受けると、世の中の仕組みを知ったり、人脈ができたりしますよね。何も知らないまま独立していたら、わからないままでした。

編集部

1年ずつでも、残るものがある。

南村会長

自分ができることって、すごく限られているんですよ。たとえば私がいまから機械工業の会社を起こせるかというと、全く無理ですよね。だから、自分ができることの中から探していく…。私は犬が大好きで、お料理も、デザインも好きだったんです。その3つが、たまたま全部できることだったというのが、続けていられる理由かなと思いますね。

編集部

犬と、料理と、デザイン。美術大学で学んだことも、コンピューターに触れた1年も、広告の会社で見た営業も、全部いまの中にありました。畑違いに見える移動でも、それまでにやってきたことは全部、その先で活きているんですね。南村会長、本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

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