「高卒だからって関係ねえからな」。大学中退、施工管理5年、未経験の営業へ。大館建設工業・関海翔さんが「頑張ったのが見える会社」で働く今

高校では建築科に進み、そのまま工業系大学の建築科へ進学した関海翔さん。

しかし、大学では授業にほとんど行かず、2年で中退しました。

その後、父のつながりから紹介された東京の建設会社へ入り、山留工事の施工管理として働き始めます。

ところが社会人1年目は、仕事がわからず、「会社からクビだと言ってもらえたら楽なのに」と考えていたといいます。

そんな関さんの仕事への向き合い方が変わったのは、2年目のことでした。

きっかけになったのは、自分より厳しい条件で働きながら、何十もの現場を動かしていた高卒の先輩。

「俺、ちょっと甘ったれてるな」
「何言い訳してんだろう」

そう感じてから仕事に向き合うようになり、施工管理を約5年間続けました。

その後、東京を離れ、青森の大館建設工業株式会社へ。現在は未経験から営業に挑戦し、採用面接にも携わっています。

大学中退後の就職、仕事から逃げたかった時期、そこから変わった理由。そして今、若い人に伝えたい「高卒だからって関係ねえからな」という言葉まで。

関さんに、これまでのキャリアを率直に話していただきました。

お話を伺った人

大館建設工業株式会社

関 海翔

高校・大学では建築系を専攻するも、大学を2年で中退。その後、東京の建設会社で山留工事の施工管理を約5年間経験。退職後は東京から青森へ移り、大館建設工業株式会社へ入社。現在は営業として民間工事の新規案件獲得や既存取引先とのやり取りを担当するほか、採用面接にも携わっている。

目次

大学を2年で中退。「親父に怒られる、やばいな」と思った

編集部

まず、関さんが今の仕事にたどり着くまでのところから伺いたいんですが、学生時代から建築を学ばれていたんですか?

関さん

そうですね。高校で建築科に入っていました。その時は安易な考えで、「建築科に入っていれば、自分の会社のこともあるし、まあいいだろう」くらいでしたね。そのままエスカレーター式で、工業系大学の建築科にも進学しました。

編集部

高校から大学まで、そのまま建築の道だったんですね。大学生活はどうでした?

関さん

それが、全然学校に行っていなかったんですよ(笑)。行かなくてもまぁなんとかなるだろうと思っていたんですけど、1年生の時に単位をほとんど取っていなくて。1年から2年には上がれたんですけど、2年から3年へ上がる時に急に必要な単位数の壁が出てきて、全然届かなかったんです。それで、強制終了みたいな感じでした。

編集部

強制終了…。学校から「もう進めません」と言われた時は、率直に何を思いました?

関さん

「親父に怒られる、やばいな」です(笑)。せっかく大学まで行かせてもらったのに、やばいなって。

編集部

その状態から、次はどうされたんですか?

関さん

父のつながりもあって、専門工事会社を紹介してもらいました。今の大館建設工業とは別の会社で、山留工事という少し専門的な工事の施工管理をやることになりました。自分で普通に就職活動をしたわけではないので、悪く言えばコネ入社ですね。そこに、5年くらいいました。

編集部

そこが社会人として最初の会社だったんですね。入社した時は、「ここで頑張ろう」という気持ちだったんですか?

関さん

いや、それが……。最初は「クビになってもいい」と思っていました。

「クビになってもいい」と思いながら働いた社会人1年目

編集部

せっかく紹介してもらったのに、クビになってもいい、と?

関さん

そうなんです。結構ハードで、朝は始発に乗らないと8時の朝礼に間に合うかどうか、という現場もありました。しかも、仕事のことは何もわからない。先輩と朝礼に出た後は、「職人さんが困ったら話を聞いて、俺に電話してくれればいいから」と言われて、一人で現場に残るんです。

編集部

何もわからない中で、職人さんから話を聞いて先輩に伝えないといけない。

関さん

そうなんです。職人さんたちは専門用語で話しますし、何を言っているのかも、何の話なのかも、なんでそうなっているのかもわからない。「何かあったら聞いて電話して」と言われても、その内容自体を理解できないんですよ。だから最初の1年は、お腹が痛いとか、頭が痛いのを理由に、10時くらいに現場へ行くこともありました。

編集部

そこまで行きたくなかったんですね……。

関さん

辞めたかったですね。でも、父から紹介してもらったという経緯があるじゃないですか。自分から「辞めたい」とは言いづらい。だから、会社からクビにしてくれたらどれだけ気が楽だろう、と思っていたんです。

編集部

自分からは辞められない。でも仕事にも行きたくない。かなりしんどい状態ですよね。

関さん

そうですね。ただ、2年目くらいになって、「このままじゃまずいな」と思うようになったんです。

「何言い訳してんだろう」。高卒の先輩を見て変わった2年目

編集部

何かきっかけがあったんですか?

関さん

特別に大きな出来事があったわけではないんですけどね。当時、高卒で、派遣という立場の先輩がいたんです。その先輩もよく「そろそろ朝来いよ」って言ってくれていました。

編集部

関さんが遅れて行っていた頃から、声をかけてくれていた先輩なんですね。

関さん

そうです。ある時、その先輩に給料を聞いたら、当時の僕より月に5万、6万円くらい少なかったんですよ。でも、その先輩は20現場くらい動かしていて。Aの現場にいながら、Bの現場の段取りや打ち合わせを電話でやっているような人だったんです。そういう姿を見て、「俺、ちょっと甘ったれてるな」と思いました。

編集部

自分より条件が厳しい中で、それだけの仕事をしている人がすぐ近くにいた。

関さん

そうですね。なんか、自分はいろいろ見下されているような気になっていただけで。実際は高卒なのに、みんながやるような就活もほとんどせず、父に紹介してもらって割といいところに入れてもらっていた。「何言い訳してんだろう」って思ったんです。

編集部

そこから、実際に行動も変わりました?

関さん

朝もちゃんと行くようになりましたね。それで「最近変わったよな」と先輩にも言われるようになって、そこからすごく仲良くなりましたし、いろいろとよくしてもらいましたね。もちろん、その後も寝坊したことはありますし、急に完璧になったわけではないです(笑)。でも、そこからは自分でも頑張るようになりました。

頑張っても未来が見えない。施工管理を5年続けて退職を決めた

編集部

最初の1年は「クビになりたい」と思っていたところから、仕事に向き合うようになった。そこからさらに3年ほど続けて、合計5年働いたんですよね。

関さん

そうですね。現場も人一倍持っていたと思います。でも、会社自体が年功序列だったんですよ。それに、大卒か高卒かでも給料がかなり違いました。

編集部

関さん自身も、その差を感じていたんですね。

関さん

同い年でも、年収で100万円くらい違うことがありました。最初は「実力で上がっていけば、そのうち追いつけるだろう」と思っていたんです。

編集部

2年目から仕事への向き合い方も変わって、実際に現場も増えていった。その中だからこそ、見えてきたことがあったんですね。

関さん

そうです。一生懸命やると、現場はどんどん増えていく。自分は抱えきれないくらいパンパンになっているのに、自分より担当する現場が少ない同い年の大卒社員の方が給料は高い。それを見ていると、「これ、やらないやつが勝つじゃん」みたいに思うようになってしまって。

編集部

頑張った分だけ仕事は増える。でも、それが必ずしも待遇にはつながらない…。

関さん

はい。資格の関係ですぐに上へ行くのも難しかったですし、「このままやっても給料が上がっていく未来が見えない」と思いました。それで、ここにいてもしょうがないなと思って、退職を決めましたね。

編集部

会社を辞めようと決めた時には、次に何をするかも考えていたんですか?

関さん

施工管理をやっている中で仲良くなった協力業者さんや職人さんがいたので、その人たちのところへ行って営業をやろうかなと思っていました。今の大館建設工業だったり、父のつながりのあるグループへ戻るつもりは全然なかったですね。

編集部

では、今の会社へ入ることになったのは、そこからまた話が変わったんですね。

関さん

そうですね。父から声をかけられました。でも最初は東京にいて、「青森の八戸なんて行かないよ」と言っていました(笑)。押し問答みたいになって、最終的には僕が負けた感じですね。「そうせざるを得ないのかな」という気持ちもあって、青森へ行くことになりました。

未経験で営業へ。「高卒だからって関係ねえからな」と、今度は若手を迎える側に

編集部

施工管理を5年やった後、青森へ。ちなみに今も同じ施工管理を担当されてるんでしょうか?

関さん

いや、今は、これまでやったことのなかった営業職なんです。施工管理では、人を動かしたり、現場をまとめたりする経験はしてきましたけど、営業としてお客様に建築の内容を説明するとなると、わからないことが多くて。今も日々戦っています。ただ、誰に何を頼むかとか、どう段取りを組むかとか、人を動かす部分は5年間で覚えてきたものがあるので、そこは今にも生きていますね。

編集部

仕事内容は変わっても、施工管理で身につけたものは残っているんですね。前の会社では、頑張っても待遇になかなか反映されないことに悩んでいましたが、今はどうですか?

関さん

今は会社の規模感も違うので、頑張ったのが目に見えるんです。前に感じていた「頑張った人が負けじゃん」という感覚はないですね。大手だからいいというわけではないんだなと思うようになりました。会社には当然決まりもありますけど、相談もしやすいですし、前の会社より生き生き働けていますね。

編集部

今の営業では、どんな役割を担っているんですか?

関さん

もともとは公共工事を中心にやってきた会社なので、営業という役割自体がほとんどなかったんです。今は民間工事を増やすために、新規のお客様へ動いたり、既存のお客様とやり取りしたりしています。「この人に連絡すれば、なんとかしてくれるだろう」と思ってもらえるような立ち位置を目指しています。それと、何年かかるかわからないですけど、将来的には東日本全域で仕事ができるようにしたいですね。今は青森に大館建設工業があって、東京や仙台にもつながりのある会社があります。もう少し人が増えれば、そうした拠点とも協力しながら、広いエリアをカバーできるようになるんじゃないかと思っています。

編集部

そこを目指すうえでも、これから一緒に働く人が必要になってきますね。

関さん

そうですね。今の会社は60代に近い方も多くて、一度定年退職した後も働いてくださっている方がいます。「自分たちがやってきた技術を継承しなきゃいけない」という思いで残ってくれている方も多くて、みんなから常々「人を入れろ、若い子を入れろ」って言われます(笑)。僕自身も27歳で、現場で動くメンバーの中では若い方です。若い人が一人入るだけでも、教える側の気持ちが若返ったり、会社が活性化したりすると思っています。今は特に、建築の施工管理や土木作業員を増やしたいですね。

編集部

関さん自身も、今は採用面接に関わっているんですよね。

関さん

そうなんです。でも、僕は普通の就職活動をほとんどしていないので、採用する側のことも、求職者側のことも、正直まだ全然わからないです。面接も、「これ、面接になってるのかな」と思いながらやることがあります(笑)。自分にとっても新しいチャレンジですね。

編集部

採用する側になって、これから入ってくる若い方には、どんなことを伝えたいですか?

関さん

「高卒だからって関係ねえからな」って伝えたいですね。僕自身、大学を中退して最終的には高卒ですし、前の会社では大卒との給料差も実際に感じてきました。でも、仕事ってそれだけじゃないと思うんですよ。例えば施工管理でも、配達のドライバーさんみたいに、自分で順番を考えて効率よく回ることに慣れている人なら向いているかもしれない。今まで何をしていたかだけじゃなくて、その人が持っている力を見たいと思っています。

編集部

大学中退後、「クビになってもいい」と思いながら始まった社会人生活。それでも高卒の先輩との出会いをきっかけに仕事への向き合い方が変わり、施工管理を5年経験した関さんは、今度は営業、そして採用へと新しい仕事に挑んでいます。学歴による差を実際に感じてきたからこその「高卒だからって関係ねえからな」という言葉。その先で、どんな若い仲間が加わり、ベテランの技術を受け継いでいくのかが楽しみです。本日は率直なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

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