「その日の金平糖と対話する」大阪糖菓・野村社長に聞く、国内9社しか残っていない繊細な手仕事

求人票の「未経験可」の文字を見ても、どこかで半信半疑。経験のない自分に、本当に務まる仕事なんてあるんだろうか?そんなふうに、応募の一歩手前で立ち止まっていませんか?

その問いに、はっきり「採用するのは、未経験の方だけです」と答える人がいます。大阪糖菓株式会社の3代目、野村しおり社長。日本に数社しか残っていない金平糖づくりを受け継ぐ、老舗の代表です。

金平糖のつくり方の奥深さから、なぜ未経験だけを迎えるのか、そしてどんな人と働きたいのかまで、じっくり伺いました。読み終わる頃には、経験のなさが弱みではなく、出発点になる仕事の姿が見えてくるはずです。

お話を伺った人

大阪糖菓株式会社

代表取締役社長  野村 しおり

1940年代から金平糖をつくり続ける老舗の3代目。祖父が創業し、父の代でミュージアムを通じ製法や歴史を伝える取り組みへと広げた家業を継ぐ。関西外国語大学在学中に、海外へ金平糖を届けたいという思いを抱く。20代で系列の菓子会社に携わり、29歳で正式に入社。職人の手仕事を守りながら、体験を軸にした発信と、長く働ける環境づくりに力を注いでいる。

目次

「可愛いお菓子やな」と思えた日

編集部

金平糖って、子どもの頃から知っているのに、つくっている会社があること自体、あまり意識したことがなくて。野村社長は、その3代目なんですよね。

野村社長

そうなんです。祖父が始めて、二代目が父、三代目が私です。一人っ子だったので、いずれ継ぐんだろうな、とはずっと思っていました。ただ「このレールを行きなさい」と敷かれると、反発してしまう質で。だから父は「好きにしたらいいよ」と、ふわっと構えてくれていたんです。

編集部

迫られるほど逃げたくなる。わかります。むしろ自由にしてもらえたことが、金平糖に向き合うきっかけになったんですか?

野村社長

もともと面白いお菓子だな、とは思っていました。父が二代目のとき、つくるだけじゃなくてミュージアムを開いたんですよ。製造工程や、金平糖の歴史や文化の面白さを、そこで伝えていて。それを見ているうちに、古くて廃れたものじゃなくて、可愛くて、他にない面白いお菓子なんだと思えたんですよね。

編集部

廃れたもの、ではなく、面白くて可愛いもの。見え方がまるで変わったんですね。

野村社長

はい。この無二のお菓子を次の世代に残していきたい、という気持ちが芽生えて。それなら一緒に手伝えたらいいな、と思うようになりました。

編集部

残していきたい。その思いから少し戻りますが、継ぐ前はどんなことをされていたんですか?

野村社長

大学が幻の関西外大のハワイ学舎で。海外に金平糖を届けたいな、という思いがあって、それで2018年頃から留学生のインターンシップにも力を入れてきました。実際にハワイで紹介したら、原材料がシンプルで美味しいとすごく喜んでもらえて。それも一つのきっかけでしたね。

編集部

継ぎなさい、と言われたからではなく、自分が素敵なお菓子だと思えたから受け継いだ。金平糖への入り口が、まず素敵だなと感じました。

金平糖は、毎日“対話”しながらつくる

編集部

その「可愛い」金平糖、あのトゲトゲした形は、どうやってできるんでしょう? アメのように型へ入れて、とは違いますよね。

野村社長

全然違うんです。大きな回転する釜にグラニュー糖を入れて、上から蜜をかけて、下からガスバーナーで乾かす。これを何度も繰り返して、1粒を1mmずつ育てていきます。あの角も自動でできるわけじゃなくて、職人が生やしていくんですよ。

編集部

職人さんが、角を生やす。つくるというより、育てる感覚なんですね。

野村社長

そうなんです。大きさにもよりますが、10日から2週間ほどかかります。粒を揃えるために、選別も手作業で何度も行うんですよ。大きいのや小さいの、かけらが混ざらないように。そこはすごく手間をかけていますね。

編集部

2週間。想像していたより、ずっと時間のかかるお菓子なんですね…!ちなみに、 機械化は難しいものなんですか?

野村社長

蜜がけができる機械はあります。ただ、どのタイミングでかけるか、混ぜるか、という見極めは、どうしても職人が必要です。気温や湿度をみて、その日の金平糖と対話しながら調整していくんです。それができる人は、あまりいないんですよね…。

編集部

金平糖と、対話する。同じレシピでも、日によって変わるということですか?

野村社長

変わります。昨日と今日では違うし、同じ日の中でも作り方を少し変えないといけない。だからできるだけ言葉にして、マニュアルにしていこうとはしています。それでも最後は「手の職人」の世界で。国内で金平糖をつくるメーカー自体、10社もなくて、9社ほどなんですよ。

編集部

決まった通りに作るのではなく、その日の金平糖と向き合って手を入れる。9社しか残っていない技術の重みが、伝わってきます。

「未経験の方しか、採用していないんです」

編集部

それだけ繊細な技術だと、経験のある職人さんを迎えるのも大変そうです。どうやって人を採っているんですか?

野村社長

それが、採用するときは、これまで未経験の方しかいないんです。

編集部

未経験の方だけ。むしろ経験者を、と思ってしまいますが…なぜなんでしょう?

野村社長

金平糖メーカー自体が全国に10社未満という中で、経験のある人はほぼいないのですが、仮に金平糖づくりの経験があっても、会社ごとに釜も蜜も、工程も機械も、全部違うんですよ。前のやり方がそのまま通用するわけじゃない。だから経験の有無より、その人自身がどう向き合えるかなんですよね。未経験の方を迎えて、一から育てています。

編集部

経験がないことが、この仕事ではハンデにならない。むしろ全員が同じスタートラインなんですね。

野村社長

そうですね。だいたいの流れがわかるまで1年くらい、自分でできるようになってくるのが3年くらいです。ただ、そこから先、自分で考えてできるかは、その方次第だと思っています。

編集部

3年で一人前の入り口。じっくり育てる前提なら、長く働いてもらう環境も大事になりそうです。

野村社長

そこは大きいですね。新しく採用するだけじゃなく、残ってもらうことも同じくらい大切で。コロナのときも、雇用調整助成金を使って、できるだけ全員の雇用を守ったんです。その頃に休みも見直して、年間休日を105日から120日に、今年はさらに127日まで増やしました。

編集部

製造業で127日は、かなり多いほうですよね。

野村社長

多いほうだと思います。金平糖の工場は、夏の暑い時期だと50度を超えて、55度くらいになるんですよ。だから土日の2日間しっかり休めることが、体力を戻すうえですごく大事です。健康経営にも2018年から取り組んでいて、今年はブライトホワイト1000の認定もいただけました。

編集部

未経験から3年かけて育て、長く働ける環境まで整える。人を「採る」だけでなく「残ってもらう」ところまで見ているんですね。

他がつくらないものを

編集部

そうして育った職人さんたちが手がける商品を拝見して、驚きました。お塩やワイン、和三盆に松茸まで。こんなに種類があるんですね。

野村社長

会長である父が、とにかくアイデアを出すのが好きで。「少子化で人口も減っていくんやから、絶えず考えとかなあかんで」と、いつも言っている人なんです。「他がつくらないものをつくらないと、価格競争に巻き込まれて終わりや」と。だから、熱中症対策でお塩の金平糖も2008年には商品化したりと、ユニークでオリジナルをモットーに先駆者として次々生まれていくんですよ。

編集部

課題から、お菓子が生まれる。ワインの金平糖なんて、味の想像もつきません…!

野村社長

ワインは、文化を大事にしたくて、ポルトガルから伝わったマデラワインを使っています。松の金平糖は、取材にいらした方が「秋といえば松茸ですね」と話していて。「じゃあ台本を書き換えて、松茸の金平糖つくったろ」と、ノリで生まれたものなんです(笑)。

編集部

台本を書き換えて、お菓子に。遊び心そのものですね。その松茸の金平糖は、料理にも使えると伺いました。

野村社長

松茸の金平糖はマツタケの香りなので、エリンギをホイル焼きにして、お醤油とお酒と一緒に入れてもらうと、エリンギがマツタケみたいに変身するんですよ。松茸ご飯もつくれます。金平糖は、見た目の可愛さで、インテリアやアクセサリーに使ってもらうこともできます。甘いものが得意でない方にも、いろんな使い方を提案できたらいいなと思っています。

編集部

食べるだけじゃない金平糖。可能性が、どんどん広がりますね。その広がりを伝える場が、ミュージアムなんですね。

野村社長

そうなんです。2003年に最初のミュージアムをつくりました。食べる人が減っていけば、いずれ大量生産の時代は終わる。だからこそ、製造工程や歴史や文化をお客様に伝えて、金平糖そのものの価値を上げていきたくて。体験を売る、先駆けのコト消費という発想ですね。

編集部

大量に作って売って終わり、ではなく、体験を届ける。少子化という課題を、可愛さと面白さで返しているところが、この会社らしいなと感じます。

ハートで通じる人と、これから

編集部

その体験を、実際にお客様へ届けているのが、ミュージアムのスタッフの方々ですよね。どんな方と一緒に働きたい、という思いはありますか?

野村社長

ミュージアムって、どんなトラブルが起こるかわからないんです。だから臨機応変に動ける方だと、ほかのスタッフにとっても安心感になる。そこはすごく大事にしています。あとは、言葉を超えて伝わるコミュニケーションができる方ですね。

編集部

言葉を超えて、というと?

野村社長

外国語ができればいい、ということではなくて。日本語で喋っているのに、なぜか外国のお客様と繋がってしまう、みたいな。気持ちが伝わる人、一生懸命な人って、それがちゃんと届くんですよね。そういう方と働きたいなと思います。

編集部

語学よりも、気持ちが伝わるか。面接では、どんなところを見ているんですか?

野村社長

意地悪な質問はしないんですけど、物柔らかさや、笑顔ですね。緊張はされると思うんですが、その中でも自然に出る笑顔は、すごく大事にして見ています。

編集部

自然に出る笑顔。お客様と直に接する仕事だからこそ、ですね。スタッフには留学生の方も多いと伺いました。

野村社長

はい。これまでベラルーシ、インドネシア、ロシア、台湾、中国、メキシコと、本当にいろんな国の方が手伝ってくださって。現在は中国の方のみが社員としてがんばってくれていて、今年の夏も多くの留学生がインターンシップに来て呉れる予定です。国を超えて金平糖を届けたい、という私の思いともつながっていて、うれしいですね。

編集部

国を超えて届けたい、という原点にもつながっているんですね。最後に、これから御社としてはどんなことに挑戦していきたいですか?

野村社長

ユニークでオリジナルな商品づくりはこれからも続けますし、ECや販売、営業の面も強化していきたいと思っています。あとは、工場見学や体験もやっているので、ぜひ気軽に遊びに来てほしいですね。金平糖のことを、もっと身近に感じてもらえたら。

編集部

昔ながらのお菓子だと思っていた金平糖が、話を聞き終える頃には、こんなにも表情ゆたかに見えています。未経験からしか始まらない世界で、その日の一粒と対話しながら、少しずつ育てていく。そんな仕事の温度が、確かに伝わってきました。野村社長、本日はありがとうございました。

野村社長

こちらこそありが糖ございました♡

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