「3年で7割がやめていく業界です。でも、それは業界の問題ではないんですよ。」株式会社プロアート・藤本社長が、人が辞めない歯科技工所を作るまでにやってきたこと

仕事が続かないのは、自分に根気がないからだと思ってしまう。そんなことは、ないでしょうか?
株式会社プロアートの藤本社長は「歯科技工士の業界は3年で7割がやめていきます。でも、それは業界の問題ではないんですよ」と話します。そんな離職率の高い業種の中で、藤本社長の会社はほとんど人が辞めないのだそうです。
7割が辞めていく仕事で、なぜ辞めない会社が作れるのか。そして、そもそも歯科技工士とは、どういう仕事なのか。詳しくお話を伺いました。
読み終わる頃には、続かない理由は自分の側だけにあるのではないのだと、気づきが一つ増えているはずです。
歯科技工士:歯科医師の指示をもとに、詰め物や被せ物(クラウン)、入れ歯(義歯)、矯正装置などを製作・修理する医療国家資格を持つ専門職
株式会社プロアート
代表取締役 藤本 拓司
高校卒業後、フリーターとして働く。その後、専門学校に2年通って歯科技工士の国家資格を取得。会社勤務を経て仲間4人と独立し、2017年に5代目の代表取締役に就任。ものづくりの現場から1歩引き、経営に専念する形で会社の立て直しに取り組む。現在、インプラントやCAD/CAMによる歯科技工物を手がけている。
本屋でパラパラ見ていて、歯科技工士を見つけたんです

編集部藤本社長は、歯科技工士になるまでに回り道をされたと伺いました。もともとは、どういう道を考えていたんですか?



高校を出て大学へ行くつもりで、浪人したんですね。その時に初めて実家を離れる環境になって、まあ、楽しいことを覚えてしまって(笑)。大学のほうは諦めて、フリーターという感じで、いろいろな職業に関わらせてもらいました。



どんなお仕事をされていたんですか?



客商売もあれば製造業もあったり、本当に色々ですね。それを2年ほど続けていました。当時は20歳そこそこで若いので、仕事なんていくらでもある状態だったんですよ。



そのままフリーターを続ける選択肢も、あったわけですね。



そうなんですけど、これが15年後、20年後になった時に、同じような生活ができるかと考えたときに、できないなと。



うーん、たしかに…。



そこで、まずは資格を取ろうと考えまして、本屋さんでパラパラ見ている中で、歯科技工士というものを見つけて、これを取ろう、と。



数ある資格の中で、歯科技工士を選ばれた理由は何だったんですか?



1つは、国家資格だったということですね。それでありながら、取得条件が専門学校に2年通って修了した者、という比較的低いハードルだったんです。公務員も選択肢に浮かんでいたんですけれど、試験が大変そうだなと。それに、ものづくりや技術家庭みたいなものが好きだったので、自分にも向いているんだろうな、と思いました。
雇われのままでは、ここから抜け出せないと思ったんです



専門学校に通って資格を取られた後は、どうされました?



その資格を活かして会社に勤務する形で働きましたが、当時、歯科技工士は賃金が安く、長時間労働でした。そのしんどさから、4人の同志と一緒に独立に踏み切ったんです。



おぉ、4人で…!



ただ、私自身はものを作るのが好きなので、役職にはまったく興味がなくて。社長なんか、やりたい人がやったらいいという感じだったんですよ。



では、いまはどうして社長をされているんでしょう…?



この会社は4月から18期目に入るんですが、実は私で5代目なんです。お家騒動があったわけではなくて、経営状態がうまくいかないというところで、次、次と代わっていったという感じですね。



18期目で、5代目…!



4代目が退任する時に、この会社は「もう無理だろう」という状態でした。そこで私も初めて真剣に、過去の決算書を全部見せてもらったんです。そうしたら、売上はあるんだな、と。じゃあ出ていくお金をコントロールできれば、この会社は持ち直せるだろうと思ったんですよ。



それで、引き受けられたんですね。



これまでの4人はプレイングマネージャーとしてやってこられたんですけれども、私はそれは無理だと思ったので、大好きなものづくりから1歩引いて、経営に専念するという形で引き受けました。2017年のことです。



経営のほうは、どこで学ばれたんですか?



本を読んで勉強したという感じですね。歯科技工士の養成校である専門学校は、国家試験に受かるためだけに存在する学校なので、人の扱い方も経営のことも、一切教えてもらえないんですよ。
3年で7割がやめていくんですよ





業界そのものについても伺いたいです。そもそも歯科技工所とは、どういう分類になるんですか?



厚生労働省の分類で言うと、サービス業になるんですね。厳密には、医療に付随するその他サービス業、という分類です。



えっ?医療に関するものを作って納めるのに、サービス業なんですか?



サービス業は、形のないものの販売ですよね。でも我々は、材料を仕入れて、それを加工して、形のあるものを納品しているんですよ。ただ、作ったものが誰にでも使えるものではない。その人専用のもので、1人1人違う。だからサービス業なんです、ということですね。



言われてみると、たしかに1つとして同じものがないですね。でも、なんだか違和感のあるカテゴリ分けです。



そうですね。分類の話は置いておくとして、この業界に資格を取って入ってきた人は、大体最初の3年で7割がやめていきます。



3年で7割…!?



しんどさの割に合わない給料、というのが主な理由ですよね。ただ、それは業界に問題があるのではなくて、受け皿である雇う側の問題だと思っています。正当な評価をしてあげないと、人は離れていきますよね。



たしかに、それはそうですね…。



今年3月の国家試験の発表で目立っていたのが、仙台なんですよ。政令指定都市なのに、合格者は7人です。受けたのが10人前後だと思うんですけれども、3年以内に7割がやめるとなると、2人しか残らないんですよね。



政令指定都市でも3年後に2人しか残らない割合って、ちょっと、なんというか…。ちなみに、いま働いている方の年齢って大体何歳くらいなんですか?



約50%が、もう55歳以上なんです。やめていく人のほうが、今から始める人よりも多いということですね。そもそも職業として認知されていない、というのもあります。ドラマになるのは刑事物や弁護士物で、医療系もありますけれど、歯科技工士のものはまだありません。
周りから見て、うちの芝生の方が青いよ、を目指しています





7割がやめていく中で、御社はほとんど辞めないと伺いました。



この9年間、そこはすごく気を使ってきました。入れてほしいという人が、後を絶たないところまでは来られたので。目指しているのは、周りから見て、うちの芝生のほうが青いよ、というところなんですよ。



具体的には、どんなことをされているんですか?



付け焼き刃ではない、ちゃんとした形にすることですね。健康経営も毎年取っていますし、外部のセミナーや福利厚生も、同業他社で同じぐらいの規模のところがやっていないことをやっています。退職金を大企業並みに用意するとか、そういうところにはこだわっていますね。



技術のほうは、いかがですか?



業界の先頭を走ろうとは思っていないんです。切り開くしんどさがありますから。1番手の方は名前が売れていくんですけれども、私は名前が売れることにあまり興味がなくて。3番目ぐらいを、そんなに離れない距離でついていく、という感じでやってきました。



名前が売れるより、大事にされていることがあると。



うちにいる社員たちが、自分の同級生や同業者、かつての同僚に対して、優越感を持てればいいなと思っているんです。給与の面でも、働き方の面でもですね。それが1つ、やりがいになるかなと思いますし、みんながやめない理由の1つにもなっているのかなと。



新しい技術というのは、たとえばどんなものですか?



CAD/CAMという、コンピュータで設計して機械で削り出すものですね。これによって効率が大きく変わりました。帰る時にスタートを押せば、一晩中働いてくれるわけですよ。残業代もかかりませんし、文句も言わない(笑)。深夜の安い電気代で使えます。



では、人の手が要る部分は、もう少なくなってきてるんでしょうか?



まだまだありますよ。1人1人、歯の色も形も違うので。お預かりした写真や画像を見ながら、拡大鏡を使って色合わせをしていくんです。1本直す時に、隣の歯と色が少しでも違うと、すごい違和感がありますから、そこは丁寧に。機械は、形を作るまでですね。


業界全体が活気づく形を作りたいんです



その手作業の部分が業務として重いのだとすると、会社を大きくするのは大変そうです。



仰るとおりで、手作業が大半を占めるこの業種で数を増やすとなると、人と設備と作業場の面積を増やし続けないといけないんですよ。そこにどうしてもしんどさがあるんです。ただ、従業員の給料を増やしていこうと思うと、会社は大きくしていかないといけない。



そこで、別の柱を考えられたんですね。



ええ。売上の柱をもう1本作ろうと思って、それが医療機器の販売です。医療機器と言っても、同業者が使うものだけで、それ以外には手を出さないでおこうと思っています。



なぜ、その領域なんですか?



全国に歯科技工所が1万7000件ぐらいあると思うんですけれども、その85%ぐらいは1人から3人でやられているんですね。そこが1000万円の機械を買うしんどさは、やっぱりあると思うんです。補助金をうまく使わないと導入できない、というところなんですよ。



海外では、事情が違うんですか?



海外では日本国内で1000万円で販売されている機械が、もっと安く流通しているんですよ。それを輸入して皆さんにお届けできたら、業界全体が活気づいて、効率が上がって、皆さんが利益を得られる。私にはそのスキルがあるので、やらないのは罪だなとも思いますし、そこで残った利益を社員に分配できたら三方良しですよね。



その先に、目指されている姿があるんですね。



私がこの組織の中で1番年上で、いま55歳なんです。15年経てば70歳ですから、その頃には引退していくわけですよ。私が抜けた後、人を育てられる人をきちんと育てておかないといけない。30年、50年と続いてきたところなので、100年は続いてほしいなと思っています。そのための土台を、きちんと整えていきたいですね。



100年続く土台。7割がやめていく業界で、辞めない会社を9年かけて作ってこられた方の言葉ですね。続かない理由を自分の根気に置くと、そこで止まってしまう。同じ仕事でも、どこで働くかで続くかどうかは変わるんですね。藤本社長、本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。



