「こんな楽しい仕事はない。」巴波重工業株式会社・安永社長が、大手メーカーを離れ“一人メーカー”になるまで

小学生の頃から、紙に機械の絵を描き、ホームセンターで材料を買って、自分で削り、穴を開け、組み立てる。

巴波重工業株式会社の安永昌平社長は、そんな「工作好きの少年」でした。

大学でも機械分野を学び、卒業後は大手メーカーへ入社。しかし、そこで待っていたのは、自分で手を動かして機械をつくる仕事とは少し違うものでした。

その後、中小メーカーへ転職し、設計から製造、顧客との打ち合わせまで経験。さらに別の会社では、これまで誰もつくったことのない機械の開発を任され、約2年かけて製品化しました。

一方、会社員として働く傍ら、趣味から始めた蒸留器の開発・販売も継続。SNSなどを通じて少しずつ顧客が増え、やがて独立へと進みます。

現在は、自ら設計した蒸留器を、バーやレストラン、食品・化粧品関連企業、研究者などへ届けています。

「こんな楽しい仕事はないですよね」

大手企業への就職、中小企業への転職、そして独立。その過程で安永社長が知ったのは、会社の規模や知名度だけではわからない「自分に合う仕事」の形でした。

物づくりが好きな人は、どんな場所でその力を生かせるのか。そして今、個人でもメーカーとして仕事を始められる時代に、どんな選択肢があるのか。これまでのキャリアと、安永社長が考える「物づくりを仕事にする」ということについて伺いました。

お話を伺った人

巴波重工業株式会社

代表取締役 安永昌平

幼少期から機械工作に親しみ、大学では機械分野を専攻。大学在学中から工作に関する執筆の仕事にも携わる。卒業後は大手メーカーに入社し、その後、中小の機械メーカー2社へ転職。オーダーメイド機械の設計や新製品開発、営業、マーケティング、メンテナンスなど幅広い業務を経験する。会社員として働く傍ら、自ら開発した蒸留器の販売を開始し、その後、巴波重工業株式会社を設立。現在は蒸留器の開発・製造・販売・アフターサポートまで手がけている。

目次

「工作好きの少年」が、そのまま機械の世界へ進んだ

編集部

安永社長は、もともと小さい頃から物づくりが好きだったんですか?

安永社長

そうですね。いわゆる「工作好きの少年」だったと思ってもらえればいいですね(笑)。小学校、中学校、高校とずっと、自分で機械の絵を紙に描いて、ホームセンターで材料を買って、削ったり穴を開けたりして組み立てる、ということを趣味でやっていました。YouTubeが出てきてからは、つくった機械を動画にしてアップロードしたりもしていて。それは大学に入ってからも、今に至るまでずっと続いています。

編集部

本当にずっと「つくること」が好きだったんですね。最初にそれが仕事になったのは、いつ頃だったんですか?

安永社長

大学1年生くらいだったと思います。いろいろ工作をしている中で、ドラえもんに出てくる「空気砲」を実際につくるプロジェクトをやっていたんです。その時、僕が中学生の頃に読んで影響を受けた本の出版社から声をかけていただいて、その本のライターとして執筆料をいただくようになりました。だから、ある意味では大学生の頃から、趣味だった物づくりが少しずつ仕事になっていたんですよね。

編集部

大学でも、やはり機械に関係する分野を選ばれたんでしょうか?

安永社長

そうですね。大学では流体や熱、気体などを扱う、機械に関する研究をしていました。そのまま就職を考えた時も、周りには大手メーカーを目指す人が多かったですね。僕自身も大学でやっていた分野を生かしたかったですし、大きな機械を扱うメーカーに魅力を感じていたので、新卒で業界大手の重工メーカーに入りました。

大手メーカーに入社して知った、「物づくりが好き」と仕事の違い

編集部

憧れていた大手メーカーに入って、実際の仕事はいかがでしたか?

安永社長

入ってみてわかったのは、自分で機械をつくる仕事ではなかったということですよ。理系の大学には、ロボコンや鳥人間のような物づくりのサークルに入っている人や、個人で機械をつくることが好きな人がたくさんいて、そういう人が大手メーカーへ就職することも多いんですけどね…。

編集部

つくる側ではなかった…というと?

安永社長

工程を管理したり、工事全体を取りまとめたり、仕様書をつくったり。図面を変更する場合でも、自分で全部描くというより、協力会社の方に「こう直してください」と指示を出すような仕事が多かったです。つまり、指示役や管理役なんですよね。僕は、自分で考えて、試行錯誤して、どうすればうまく機械ができるのかを考えることが好きだったので、そこにギャップがありました。

編集部

「メーカーに入れば、自分で物をつくれる」とは限らないんですね。

安永社長

そうなんです。採用ページを見ると、ロケットや飛行機、大きな機械の写真が載っていて、「すごい、こんなものをつくれるんだ」と思うじゃないですか。でも、その中で自分が実際に何を担当するかはまた別の話なんですよね。僕の場合は、長時間の残業なども重なってかなりストレスがかかってしまって、途中で半年ほど休職しました。復職してからも「やっぱり自分には合わない」と感じて、3年ほどで転職を決めました。

編集部

休職、退職してしまうほど、理想と現実のギャップに苦しんだんですね…。

安永社長

そうですね。2社目は100人くらいの中小メーカーでした。材料を検査するための機械を、お客さんごとにオーダーメイドでつくる会社です。例えば、ある材料が何度まで耐えられるのかを調べるとか、商品のパッケージがどれくらいの力で外れるのかを測るとか。そういう、お客さんごとに必要な試験をするための機械をつくっていました。

お客さんの悩みを聞き、その場で機械を考える。「これがやりたかった」

編集部

大手メーカーの時とは、仕事の仕方もかなり違いましたか?

安永社長

全然違いましたね。お客さんのところへ行って、「こういうことで困っている」と話を聞く。それに対して、その場で鉛筆を使って「こういう機械ならいけるんじゃないですか?」と絵を描いてみる。「それいいですね」となったら、3Dの図面をつくって、仕様を決めて、価格を決めて、実際に機械をつくる。そして最後はお客さんへ納品する。全部が自分の中でつながる仕事だったんです。

編集部

自分で考えたものが、本当に機械になってお客さんのところまで届くんですね。

安永社長

そうです。「これで新しい製品の評価ができます」とお客さんに直接、感謝してもらえる。技術者としては、すごく面白い仕事でした。そこで、最初にいろいろ教えてくださった上司がいたんですけど、その方が本当に技術者としてすごい方で。「技術や考え方を学びたい」と思って働いていましたね。

編集部

かなり影響を受けた方だったんですね。

安永社長

そうですね。ただ、その方が半年から1年くらいで独立してしまったんです。自分の機械メーカーをつくるということで…。中小企業って、「あの人がいるから、この技術がある」という属人的な部分も結構あるんですよね。新しい案件が来た時に、その人がどう解決するのかを見ることで学べることも多い。でもその人がいなくなったことで、「ここに長くいるのは違うかな」と思うようになって、もう一度転職しました。

編集部

尊敬していた方についていきたい気持ちで働いていた分、その方がいなくなった影響はかなり大きかったんですね。そこから、次の転職先はどんな基準で探したんですか?

安永社長

自分が大学で研究していた流体の分野に近くて、なおかつ個人的に開発していた蒸留器にもつながる会社を探しました。それで、食品会社や化学工場などで使う、液体を温めたり、冷やしたり、混ぜたり、蒸発させたりする機械を扱うメーカーへ入りました。ところが入社したら、社長から「ドライアイスをつくる機械を開発してほしい」と言われたんです(笑)。

編集部

また想定していたものとは違う仕事が来たんですね(笑)。

安永社長

全くやったことはありませんでしたけど、これまで大学で研究をしてきた経験もありましたし、前の会社では図面を描いて機械を設計する実務も経験していました。さらに、趣味でもずっと機械をつくっていた。だから、それまでやってきたことを全部組み合わせれば、なんとかなると思ったんです。そこから、直属の上司と製造課・調達課のベテラン社員の方々と試行錯誤し、約2年かけて開発することができました。

設計から営業、メンテナンスまで。全部経験した先に独立があった

編集部

約2年かけて完成した機械は、その後どうなったんですか?

安永社長

ありがたいことに、かなりヒットしました。ただ、製品って、動くものをつくったら終わりではないんですよね。まず「誰が使うのか」「いくらなら買えるのか」「どれくらいの量をつくる必要があるのか」というコンセプトを決める。そこから設計して、試作品をつくって、ちゃんと動くようになったら写真や動画を撮る。パンフレットをつくって展示会へ出して、そこでお客さんへ説明して、商談が決まれば現地まで持って行って、納品する。さらに、その後のメンテナンスまであります。

編集部

機械をつくるだけではなくて、売るところまで全部やったんですね。

安永社長

そうなんです。営業も、マーケティングも、サービスも、メンテナンスも全部経験しました。それは、その後の自分にとってかなり大きかったと思います。一方で、その頃には会社とは別に、余暇の時間で開発した蒸留器を個人事業として販売していました。ライターの仕事をしながらメーカーで働いて、さらに自分の商品もつくって売る、という状態でしたね。

編集部

かなり仕事が重なっていたんですね。

安永社長

本当に限界までやっていた時期でした。蒸留器の方も口コミやSNSで広がっていって、会社員をしながら、土日に台湾へ行って納品して、月曜日からまた会社へ行くようなこともありました。有給を取って製品を組み立てたりもしていましたね。その後、会社で開発したドライアイスの機械が自分の手を離れて、営業の方が販売できたり、自分以外の人が組み立てられたりする状態になったタイミングで、会社に自分の事業について話しました。そして企業在籍中の2025年12月に法人を立ち上げ、2026年の4月からは巴波重工業株式会社の代表として現在の事業に専念しています。

「こんな楽しい仕事はない。」自分でつくり、お客様の声を直接聞く

編集部

現在の巴波重工業では、どんなものをつくっているんですか?

安永社長

中心になっているのは、自分で設計した減圧蒸留器です。例えば機械の中にミントの葉と水を入れて加熱すると、ミントの香りを含んだ蒸気が出ます。それを冷やして液体に戻すと、ミントの香りがついた水ができる。それをカクテルやお菓子の香りづけに使う、といったことができます。植物などから香りを取り出す機械、と考えてもらうとわかりやすいと思います。通常、水の沸騰する温度は100℃であり、この蒸留の過程で植物の香りも劣化してしまいます。弊社の減圧蒸留器はこの操作を40度という低温で行うことができるため、植物の香りを壊さず、非常に品質の高い蒸留水を作れるのが最大の特徴です。 

編集部

それって、どんな方が使っているんですか?

安永社長

バーやレストラン、カフェ、酒造会社ですね。あとは化粧品メーカー、香料メーカー、大学の研究者など、本当にいろいろな方が使っています。今はお客さんの用途に合わせてカスタムして、組み立て、検品、納品、アフターサポートまでやっています。

編集部

営業も安永社長ご自身でされているんですか?

安永社長

基本的にはそうですね。ただ、この製品は見た目の美しさにもかなりこだわってつくったんです。導入したお客さんがバーのカウンターなどに置いて、写真や動画をSNSに投稿してくださる。それを見た別のお客さんから、また問い合わせが来るんですよね。だから、ある意味では機械そのものが営業マンとして働いてくれています。これまで広告費をかけて広げたというよりは、お客さんの投稿や口コミで広がってきた製品です。

編集部

今後は、さらに製品を増やしていくイメージなんでしょうか?

安永社長

まずは、この蒸留器をもっと良くしていきたいですね。リリースしてからしばらく経っていますけど、まだ改良できるところはあると思っています。使う人が変われば、求められる使いやすさも変わります。だから、もっと美しくて、使いやすくて、洗いやすくて、性能も高いものをつくりたい。どれかを犠牲にするのではなくて、全部を満たした、本当に純粋にいいものを設計したいんです。

編集部

そこまで自分でこだわれることも、安永社長お一人のメーカーならではなんでしょうか。

安永社長

そこは大きいと思います。開発する人間が直接お客さんの声を聞いて、「実際にどこで、どう使われているのか」を知る。その上で、自分がつくりたいものとのバランスを考えられる。これは会社が小さいからこそ、高いレベルでできることだと思っています。将来的には製造や販売など、他の会社にお願いできる部分はお願いしていきたいです。でも、お客さんの声を聞くことと、新しいものを開発すること。そこはメーカーとして一番大事な部分なので、自分の中に残したいですね。

編集部

大手メーカーと中小メーカーの両方を経験して、同じ「メーカー」でも仕事の中身はかなり違うと感じたんですね。 これからメーカーを目指す学生や若い方には、どんなことを知っておいてほしいですか? 

安永社長

そうですね。物づくりが好きだから大きなメーカーへ行く、というのは自然な選択だと思います。でも、そこで実際に何をするのかは、入ってみないとわからない部分もある。逆に今は、昔と比べて個人で物づくりを仕事にするハードルがすごく下がっています。部品はネットで買えますし、無料のソフトで図面を描いて、それをWebから送れば加工した部品が届くサービスもあります。そういうものを組み合わせれば、小さな会社でも製品をつくることができる。

編集部

大きな工場や、たくさんの従業員がいないとメーカーを始められないわけではない、と。

安永社長

そうなんです。僕は、メーカーというものを限界まで削ぎ落とした時に、何が残るのかを考えてほしいんです。結局、お客さんが困っていて、「こういう機械があったら助かる」と言っている。それを聞いて、「じゃあ僕が考えてみます」と機械をつくる。その機械を納めて、お客さんが「これで新しいことができるようになった、ありがとう」と言って対価を払ってくれる。それがメーカーの最小構成だと思うんですよね。作れる人がいて、お客さんがいれば始められる。今は、そういう仕事のつくり方ができる時代になっていると思います。

編集部

実際に独立してみて、今の仕事は楽しいですか?

安永社長

もちろんです。こんな楽しい仕事はないですよね。蒸留器一つを扱っているだけでも、バーテンダー、シェフ、バリスタ、パティシエ、ショコラティエ、研究者など、本当にいろいろな人と出会います。その人たちが「こんなことをやってみたい」と話してくれると、自分の中にいろいろな業界の情報が入ってくる。そして、「別の業界ではこんな使い方がありましたよ。それなら、ここでもできるかもしれませんね」と新しい提案もできるようになる。それがすごく面白いんです。

編集部

子どもの頃から機械をつくり続け、大学でも機械を学び、大手メーカー、中小メーカーと環境を変えながら、自分が本当にやりたかった「自分で考えて、自分でつくる仕事」に近づいてきた安永社長。大手企業への就職が間違いだったわけでも、中小企業への転職だけが正解だったわけでもありません。それぞれの場所で得た研究、設計、製造、営業、マーケティング、メンテナンスの経験が重なったからこそ、現在は一人のメーカーとして、製品をつくり、お客さんへ届けるところまで担えるようになりました。「物づくりが好き」という一つの軸を持ち続けながら、その力を生かせる場所を探し続けた先に、今の仕事があります。会社の名前や規模だけでなく、「自分は実際にどんな仕事をしたいのか」を考えること。安永社長のキャリアは、これから仕事を選ぶ若い人にとって、その大切さを教えてくれるように感じました。安永社長、本日は貴重なお話をありがとうございました。

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