「暗黒時代は、全然楽しくやってました」株式会社横引シャッター 市川社長が語る、9億円の借金を6年で返した20代

自分に本当に合う仕事は、どこか別の場所にあるんじゃないか。求人を見ながら、そんなふうに探し続けてしまってはいませんか?
株式会社横引シャッターの市川慎次郎(いちかわ しんじろう)社長は、横に動く特殊シャッターを手がけるメーカーの2代目です。20代で家業に戻った当時、会社が抱えていた借金は9億円。それを6年で7億円返済し、先代からバトンを受け取りました。
今回はそんな市川社長に、その「暗黒時代」の乗り越え方や、年齢も国籍も問わない採用の考え方、そしてAI時代を生きる20代へのメッセージまで、じっくりお話を伺いました。読み終わる頃には、青い鳥を探すのをやめて、今いる場所から始めていいのだと思えてくるはずです。
株式会社横引シャッター
代表取締役 市川慎次郎
1976年4月生まれ、50歳。国士舘中学・高校を卒業後、中国へ留学し、現地の大学を卒業するまで5年半を過ごす。帰国後は宅地建物取引士の資格を活かして不動産会社に勤め、訪問入浴の介護の仕事にも携わる。その後、父が創業した株式会社横引シャッターに戻り、9億円の負債の返済を担当。6年で7億円を返済したのち、取締役総務部長を経て、先代社長の逝去にともない2代目社長に就任した。
中国に5年半、不動産に介護。回り道の先にあった家業

編集部横に動くシャッターの会社、というだけでも珍しいのに、市川社長ご自身の経歴もかなり振れ幅がありそうです。まずはどんな道を歩んでこられたのか、伺ってもいいですか?



1976年4月生まれで、今年50歳ですね。中学高校は国士舘を卒業して、それから中国へ留学しました。向こうの大学を卒業したので、5年半留学していたことになります。



5年半、中国に。



ええ。それで一度この会社に入って、その後1年半から2年ぐらい、外で別の会社に就職したんです。



外の会社では、どんなお仕事をされていたんでしょう?



当時、宅建を持っていたので不動産屋さんに少し勤めて。あとは、訪問入浴の介護の仕事にもいましたね。



不動産から介護まで。今のお仕事とは、まったく違う世界ですね。



そうですね。それで戻ってきて、取締役総務部長になって。先代の社長が亡くなって、僕が2代目として後を継いだという感じですかね。父が創業者で、僕が2代目です。



まっすぐ家業に入られたわけではなく、外を回ってから戻られた。回り道に見えた時間も、後から効いてくるのだと感じます。
売上2億に、借金9億。「暗黒時代は、全然楽しくやってました」





戻られたときの会社は、どんな状態だったんですか?差し支えのない範囲で伺えたらと思うのですが。



全然大丈夫ですよ。僕が入社した先代の社長の頃は、売上が2億で、借金が9億あったんです。内訳は、社員の給与の遅配が1億、税金の滞納が1億、お取引先への未払いが1億、銀行が6億。まあ、最悪な負債ですよね。



売上の4倍以上ですか…。その時点で、会社を畳むという選択肢はなかったんですか?



先代の社長がまだ現役で先頭を切ってやっていますし、会社を潰すなんていうのは、そもそも選択肢に元々ないですから。借金を返済して未来を作っていくのか、このまま借金を背負ったまま未来を作っていくのかの2択しかないんですよ。



会社は絶対に畳まない前提での2択、ですか。



このまま親父が亡くなって借金を残されたら困るし、こんな会社は引き継げないな、と。だから親父の目の黒いうちに借金を返済しちゃおうというので、僕が「負の遺産担当係」として動いたんです。それで、6年で7億返したという。



6年で7億…。何か特別な手を打たれたんですか?



贅肉体質を筋肉体質に変える、というのでゼロベースの見直しですよね。全部のところを見直して、無駄なものは削減していく。それでランニングコストとして浮いた部分を、払ったつもりになって返済していく。本当に一つずつです。



本当にそれだけ…なんですか?



税理士さんなんかとよく話をすると、6年で7億返済ということは年に1億円以上ずつの返済で、1年間で生まれる経費のほかに純粋に1億円ずつ返している、数字のマジックがあるんじゃないかと言われるんですよ。でも数字のマジックなんかは本当に何にもなくて、単純に目の前のことを一つずつ消していくだけなんです。そうすると、いい回転が生まれてくるんですよね。



いい回転、というと?



今まで1+1は2という答えだったのが、1+1は3とか、1+1は5という答えが生まれてくるんですよ。そうやって新しい回転を生み出すきっかけにもなっていって、気づいたら6年で7億返していたというだけで。6年で7億返すためにどうする、なんていう計画は実は立ててないんですよね。



削るとなると、人件費に手をつける会社も多そうですが…。



社員をやめさせることは、先代の社長のポリシーとして絶対にやらなかったんです。だから社員のお給料をいじるとか、社員をやめさせるという以外は、全部やりましたよね。



相当な重圧だったのでは…。



それが、そんなに大変じゃなかったですよ。この暗黒時代は、全然楽しくやってましたから。20代後半ぐらいの僕が色々考えて、海千山千の相手と一つずつ交渉しながら、自分の思う通りになるように話を進めていく。後ろには最悪、先代の社長がいるので、虎の威を借る狐みたいな感じでやっていましたし(笑)。辛いというのは、あんまりなかったですね。



逃げ場のない状況で、楽しさを見つけてしまう。同じ現実でも、どう受け取るかは自分で決められるのだと感じます。


曲がるシャッター、50mまで一台で。街のシャッター屋に断られて生まれた会社



そもそも横引シャッターさんは、どんな会社なんでしょう?シャッターというと、上から下に降りてくるものしか思い浮かばなくて…。



弊社は、横に動くシャッターとか、天井が開くとか、そういう水平に動く特殊シャッターを作っているメーカーですね。駅の売店やショッピングモールのテナントさん、あとは普段皆さんが見えないところだと、大きな施設の中なんかにも納めています。北海道から沖縄まで、全部弊社が責任施工で飛んでいますね。それを現在、36名でやっています。



横に動くと、何がいいんですか?



メリットは、曲線が描けることですね。L字の角になっているところだと、上下シャッターだとこっちの面とこっちの面で2面必要になるんですが、横引きだと1台で動かせる。あとは大きさで、30mとか40m、50mぐらいまでは全然問題なくできます。軽く開け閉めできる引き戸みたいな感じで、使い勝手がいいんですよ。







2面が1台に。そもそも、なぜ横引きを作ろうと思われたんですか?



元々、横に動くシャッターは大手さんが何社か作られていたんです。ただ、もう40年も前のシャッターですから、動きも精度も性能も良くなくて。それだったら動きのいい横引きシャッターを開発しよう、というので開発したんですね。



作ってみて、すぐに売れたんでしょうか。



母体になるのが中央シャッターという、上下シャッターをやっている会社なんですが、そちらで販売したら、40年も前ですから、街のシャッター屋さんからは「俺たちは買えないよ」と言われたんですよね。じゃあ、特殊シャッターだけを作る専門メーカーを立ち上げようと言って生まれたのが、株式会社横引シャッターという流れですね。



断られたことが、会社の始まりになっているんですね。オーダーメイドとなると、作る流れも一台ずつ違いそうです。



お客様からお問い合わせをいただいて、ここに付けたいんだ、こういう風に使いたいんだ、ここを防犯したい、という条件を全部聞くんです。それで、それならこういう風にやればできますよ、とご提案してお見積もり。そこから製造して、取り付けですね。図面も製造も取り付けも、全部弊社でやるので、メーカーとして最大10年保証というのも保証できるぐらいなんです。



そこまで一貫されているんですね。



地方だと今はリモートもあるので、事前に現場へ行っての打ち合わせは随分少なくなりましたけど、お客様が不安で直接現場で打ち合わせしたいと言われれば、地方でも行きますし、都内近郊はできるだけ直接見に行きます。直接会った方が、お客様のご要望もわかるので。新しい製品も、大体はお客様からのお問い合わせがヒントになって生まれるんですよ。その市場に合わせた製品を開発して、市場を起こしていくという感じですかね。



会社の始まりも、これからの製品も、きっかけはいつも外からの声。断られた一言や、困りごとの一つが、次の商品になっているのだと感じます。
年齢、性別、国籍は一切関係ない。伸びる人の共通点は「素直」





36名で北海道から沖縄まで、というお話でしたが、その一人ひとりを採用する時に、市川社長が見ているのはどんなところなんですか?



そもそも、年齢でお給料や待遇が変わる意味が、僕にはわからないんです。社員と会社という関係で見れば、社員の能力と出した結果に対して会社はお給料を支払うわけだから、そこに年齢というセグメントを入れる意味が…。



言われてみれば、たしかにそうですね。



だから弊社は、年齢、性別、国籍、障害の有無は一切関係ないという経営をやっているんですね。



となると、未経験の若手はポテンシャルで見る、ということでしょうか。



それは年齢によって違いますよね。若い方にはポテンシャルを見ますけど、経験を重ねた方にポテンシャルは見ないですよね。もう能力と実績です。その人によって、求めるものが違いますから。



多様な方が働かれている中で、活躍される方に共通点はありますか?



年齢が高い方だと、自分自身のことを年寄りとは思っていないこと。若い方に共通しているのは素直さですよね。



素直、ですか。30代、40代の方だとどうでしょう?



30代、40代もやっぱり素直が原点ですよね。自分が知らないことを、知らないとちゃんと言えて、仲間に協力を仰げる。自分が知らないことを恥ずかしいと思わない、というんですかね。社内では、そういう関係性が出来上がっているので。



知らないと言えることが、強さになるんですね。今、採用に力を入れているのはどんなポジションですか?



ありがたいことに、人手不足というのは弊社にはないんです。ただ、ご縁があればというので募集はずっとかけていて、今は営業部がメインですかね。あとは取り付け工事担当です。営業のところは、増やしてもあと2人かなという感じで、工事のところは、いい方がいれば何人でもという感じですね。



知識より、まず素直さ。未経験からでも入り口があるのだと感じます。
青い鳥を探すより、「任された仕事を、どれだけ好きになれるか」





素直さを大事にされている市川社長から見て、これからの20代はどんな時代を生きることになると思われますか?当メディアの読者には、SNSやITといった仕事に憧れる方も多いんです。



今はもうAI革命が起きていて、生成AIが毎日これだけ大きい進化をしている中で、そういうところで生き残っていけるのは、ごく一部の人たちだけですよね。AIを使いこなしてビジネスをやる人たちです。それはもう、見えている未来でもある。



使いこなす側、というと?



多くの方にとってAIって、便利な検索ツールとか、自分が頭を使わないで文章を作ってくれる、考えてくれるものになっている。僕から言うと、それはAIに使われてる状態なんですよね。昨日覚えた知識と来週覚えた知識で、人はそんなに大差ないというレベルになっちゃうので。



耳が痛いです。ちなみに御社では、どう使われているんですか?



今ちょうど工場の改修工事をやっているんですが、工場全体のデザインは全部生成AIで作っているんですよ。僕の思いとか会社の考えを組み込んでいって、それをデザイン化させていく。大事なのはプロンプトなんです。指示を出す側の問題であって、指示を受ける側の問題じゃない。どういう指示を出すかで、答えが変わってくるんですよね。営業の若い者2人も、それぞれ社内のツール作りとSNSの仕組み作りを、今やっている最中です。



そう聞くと、ものづくりの会社もAIとは無縁ではないんですね。



世の中にこれだけいろんなものがあるのに、使わない方がもったいないと僕は思っているんで。それに、今は日本が製造大国にもう1回帰ろうということをやっているんです。国が打ち出している戦略的成長分野への積極的な投資は、ほぼ全部がものづくりのところなんですよ。失われた30年の中で生きてきたから、僕らは今の変化に現実として気づいていないんですけどね。



そういう視点を持てている20代は、まだ少ないと思います。



若い方に思うのは、これからの未来って、自分が作り上げていく未来じゃなくて、自分以外の人が作り上げていく周りの未来、自分の置かれる環境ですよね。AIと戦っていく未来よりも、今こうやって世界経済を復活させていこうと進んでいる未来の方が、現実的じゃないのと僕は思いますよね。



情報が多い分、迷ってしまう方も多そうです。



我々の時代は携帯も普及していなくて、就職活動といえば学校の先生か、先輩か、バイトの知り合いか、近所のおじちゃんか、親戚のおじちゃんぐらいのところでやっていたんです。今はネットで何でも出てくるから、逆に考えすぎちゃうんですよね。自分に合う仕事っていうのは、自分に任された仕事をどれだけ好きになるかどうかなんですよ。



任された仕事を、好きになる。



大谷翔平選手やワールドカップの選手のように、小さい時から強い志と夢があって、それを追い求めていた人たちの、そのごく一部の方が活躍する選手になるわけです。多くの人はそもそも小さい時からの夢や志がないまま大人になって、大人になってから仕事を探そう、俺には何が合うんだろうかと言っている。それで同じような結果が出せるわけがないじゃないですか。なのに自分には何かきっとあるんじゃないかと、いわゆる青い鳥探しに一生懸命になってしまう。それが情報の時代の弱点なのかなとは思いますね。



では、まず何から始めればいいのでしょう…?



単純に、自分が任された仕事をどれだけ好きになって、寝食を忘れて、その仕事を楽しめるか。まず自分がそういう気持ちにならないで、大谷翔平になろうだなんて、なれるわけがないと僕は思っています。周りの環境を求める前に、まず自分の心構えですよね。ただ、心構えを教わるチャンスに恵まれてこなかっただけの方もいる。そういう方には情報を与えてあげると、やっぱり光っていきますから。



9億円を背負った20代を「楽しくやってました」と振り返る市川社長の言葉だからこそ、まっすぐ届いてきます。今日いただいた一言は、青い鳥を探して立ち止まっている方にとって、今いる場所から始めていいのだと、そっと肩を叩いてくれるものになるはずです。市川社長、本日は貴重なお話をありがとうございました。

