電気も水道も止まった。それでも挑戦をやめなかった。「今の努力が未来を変える。楽しめ、人生。」株式会社ZEROONEFILM・中本社長が、何度転んでも“0から1”をつくり続ける理由

海外留学、スノーボードのインストラクター、ストレッチの指導、整体院の開業、資格事業、地域メディア、起業家支援、アスリート支援、女子サッカーチームの運営、そして映像制作。
株式会社ZEROONEFILMの中本拓海社長は、これまで一つの仕事だけを歩んできたわけではありません。
興味を持てば、まずやってみる。
「自分がやれば何か変わるかもしれない」と考え、何度も新しい事業を立ち上げてきました。
もちろん、すべてがうまくいったわけではありません。
整体院を始めた頃には、生活に必要なお金さえ払えなくなるほど苦しい時期を経験。その後に立ち上げた事業や団体でも、思い描いた形にならず、撤退したものがいくつもあります。
女子サッカーチームを立ち上げた際には、自ら代表として事業を進めながら、資金や人間関係に苦しみ、最終的には代表を退く決断もしました。
それでも、挑戦すること自体はやめませんでした。
現在手がけるZEROONEFILMという社名にも、その歩みが表れています。
「0から1をつくるのが得意だから、ZEROONEFILMにしたんです」
何度ゼロに戻っても、また次の1をつくる。
中本社長がこれまでの挑戦から学んだこと、そして今、若い人に伝えたいことをじっくり伺いました。
株式会社ZEROONEFILM
代表取締役 中本 拓海
海外留学やスノーボードインストラクター、ストレッチ指導などを経験した後、20代半ばで整体院を開業。その後も資格事業、地域メディア、起業家支援、アスリート支援、女子サッカーチーム運営など、さまざまな事業・団体の立ち上げに携わる。映像制作を趣味から始め、広告代理店での勤務などを経て株式会社ZEROONEFILMを設立。現在は映像制作を中心に、写真撮影、SNS運用、Web制作、デザイン、アプリ開発など幅広いクリエイティブ支援を手がけている。
海外留学から20代で独立へ。「人に教えることが楽しかった」

編集部中本社長って、これまでにいろいろなお仕事をされてきたんですよね。これまでのキャリアの歩みを、じっくり聞かせてほしいです。



本当にいろいろしてきました(笑)。もともとスノーボードが好きで、資格取得と語学留学も兼ねて海外に行ったんです。帰国してからは長野県の志賀高原で、スノーボードのインストラクターをやっていました。留学のおかげもあって英語を話せるようになったので、海外の方を相手に教えることも多かったですね。



海外へ行ったことで、ご自身の考え方にも変化はありましたか?



かなりありました。もともとは内気なところもあって、人前で「自分の意見はこうです」と言うことにあまり自信がなかったんです。でも海外へ行ってみて、まず自分がどう思っているのかを言うことが大事なんだと感じました。もちろん、考え方は人それぞれですけどね。



海外での経験は大きかったんですね。帰国後はスノーボードのインストラクターをされていたとのことですが、実際に教える仕事をしてみてどうでしたか?



自分が教えたことで相手ができるようになって、一緒に成長を喜べる。それがすごく楽しかったですし、「人に教えることは自分に合っているな」と感じましたね。それで、その後はストレッチのインストラクターを1年半くらいやり、身についた知識や技術を活かせたらと思って、2014年頃、20代半ばの時に整体院を開業しました。



20代半ばの若さで、ご自身のお店を…!



そのタイミングの理由として、祖父が病気で倒れてしまったことも大きかったです。ひとりになってしまった祖母の近くにいたかったのもあって、その祖父母の家の一間で整体を始めたんです。…ただ、正直に言うと、若かったので「代表という肩書きが欲しい」という気持ちもありました(笑)。人と違うことをしたい、目立ちたいという気持ちもあったと思います。
電気も水道も止まった。それでも新しい事業を立ち上げ続けた





実際に整体院を始めてみて、どうでしたか?



いや、全然うまくいかなかったですね(笑)。祖父母の家の2階でやっていたので、広告を出してもなかなかお客さんが入りづらい環境だったんです。もちろん、お客さんが来なければ売上にもならないので、本当に苦しくて…。お金が回らなくなって、電気も水道もガスも止まるような生活をしていました。



えっ、うまくいかないというか、もうピンチすぎるじゃないですか…!あの、その状況下で、いったん就職しようとは思わなかったんですか?



あまり考えなかったですね。僕はそんなに協調性があるタイプではないですし、「自分はこう思う」というのがかなり強いので、雇われるという選択肢があまりなかったんです。なので、なんとか意地でもやろうと思っていました。



それだけ厳しい状況で、就職はせずに意地でもやろうって…。具体的にはどうしようと考えたんですか?



僕、「この事業だけで回らないなら、別の事業も立ち上げたら何とかなるんじゃないか」って考えちゃうタイプなんですよ(笑)。それで、資格を発行する団体をつくったり、地域の飲食店を紹介するメディアをつくったり、起業したい人を支援する団体をつくったりしました。



そこからさらに新しい事業を立ち上げたんですか(笑)。



そうなんですよ(笑)。ただ、今振り返ると、僕は先のことを考えたり、新しいアイデアを出したりするのは得意なんですけど、そこにたどり着くまでの工程を細かく考えるのは苦手だったんです。だから、アイデアはあっても、なかなかうまくいかないことも多かったですね。



その後は、どんなことに取り組まれたんですか?



アスリートの支援もやりましたね。マイナースポーツの日本代表選手などに、子どもたちの前で話をしてもらう取り組みです。競技だけで生活していくのが難しい選手もいますけど、日本代表になるような方って、そこに至るまでにいろいろな困難を乗り越えてきているじゃないですか。そういう経験を子どもたちに伝えることにも価値があると思ったんです。イベントなども開催していたんですけど、コロナの影響もあって途中で止めることになりました。その後、女子サッカーに関わる話をいただいて、最終的には香川県で女子サッカーチームの運営会社を立ち上げることになったんです。



今度は女子サッカーですか!そこではどんな役割を担っていたんですか?



僕が代表として立ち上げから関わっていました。地元の方や監督、ジェネラルマネージャーなど、いろいろな方と一緒に進めていたんです。ただ、これは本当に大変でしたね。今までで一番大きな挑戦だったと思います。



それまでにもいろいろ経験されてきた中で、一番ですか。何がそんなに大変だったんでしょう?



資金面もそうですし、人間関係もかなり大変でした。僕自身まだ若かったですし、経営者として十分な成功体験があったわけでもなかったので。地元の方と考え方がぶつかることもありましたし、代表としてどう振る舞うべきなのか、本当に悩みましたね。それでも、選手は少しずつ集まってきましたし、スポンサーになってくださる会社も増えていったんです。ただ、運営を続ける中で、「この価値観のまま続けるのであれば、自分がここにいる意味はない」と感じる出来事があって。



そこまで形になってきたところで、ですか……。



そうなんです。自分でゼロから立ち上げたものですし、かなり思い入れもありました。ただ、このまま自分が代表を続けるのは違うなと思い、株主総会を開いて皆さんに説明した上で退任しました。株もそのまま残してきました。
iPhone一台から始まった映像制作。「0から1をつくる」ZEROONEFILMへ





そこから現在のZEROONEFILMにつながっていくんですね。今は映像制作を中心に手がけていらっしゃいますが、映像のお仕事を始めたきっかけは何だったんですか?



実は、映像制作自体はその少し前から趣味でやっていたんです。最初は一眼レフも持っていなくて、全部iPhoneで撮影していました。



えっ、最初はiPhoneだったんですか?



そうなんですよ。でも、自分の技術には自信があったので、「これでやってやろう」と思っていました。そうしたら、僕がつくった映像を見た友人が広告代理店を紹介してくれて、そこで働くことになったんです。



趣味で始めた映像制作が、仕事につながったんですね。



そうですね。大手企業のスポーツブランドの撮影も任せてもらえるようになって、その仕事は今も続いています。ただ、会社員として働くこと自体は、やっぱり自分に合わない部分もあったんです。途中でメンタル的にもかなりきてしまって、結局辞めることになりました。



せっかく映像の仕事が軌道に乗り始めたところで…。その後はどうされたんですか?



実は、会社を辞めた後も当時の上司が「仕事を振るから、自分で会社をやったら」と言ってくれたんです。それに、もう一人お世話になっている社長がいて、その方も独立を後押ししてくれたんですよ。「お金を貸すから、会社を始めたらいい」と言って、資本金の一部まで貸してくださったんです。そうやって周りの方々に支えていただいたこともあって、立ち上げたのが今の株式会社ZEROONEFILMですね。



そういう経緯だったんですね。ちなみに、「ZEROONE」という社名には、どんな意味があるんですか?



そのままなんですよ(笑)。僕は、0から1をつくるのが得意だと思っているので。だったら「ZEROONE」にしようと。映像の会社なので、そこに「FILM」をつけて、ZEROONEFILMにしました。



なるほど(笑)。これまでのお話を聞くと、ぴったりの社名ですね。



そうですよね(笑)。本当にずっと、0から何かをつくることを繰り返してきたので。
映像制作だけではない。「小回りの利く広告代理店」として伴走する





現在のZEROONEFILMでは、どんなお仕事をされているんですか?



メインは映像制作なんですけど、それだけではないんです。SNS運用や写真撮影、ホームページ制作、デザイン、最近ではアプリ開発などもやっています。僕は今、自分たちのことを「小回りの利く広告代理店」と呼んでいるんですよ。



小回りの利く広告代理店、ですか。具体的にはどんなところが特徴なんでしょう?



例えばお客さんが何かを始めようとした時に、「動画はどこに頼めばいいんだろう」「ホームページは別の会社に頼まないといけないな」と、それぞれ探すことになるじゃないですか。でも、全部違う会社に頼むとなると、話をすり合わせるのも大変ですよね。だから、まずは僕らがお客さんの悩みを聞いて、何をどういう順番でやっていけばいいのかを一緒に整理するんです。映像が必要なのか、SNSなのか、Webサイトなのか。そもそも何が必要なのかというところから考えて、必要なものを提案する。つくって終わりではなく、その後もずっと伴走していくような形ですね。



そうした幅広い提案ができるのは、これまでさまざまな事業を経験されてきたことも関係しているんでしょうか?



そうだと思います。僕自身、映像だけをやってきたわけではなくて、いろいろな事業を経験してきたので。そういう経験があるからこそ、いろいろな角度から考えられるところはあると思いますね。
「僕でできるんだから、大丈夫」今の努力が未来を変える





それにしても、これだけいろいろな事業を立ち上げてこられたのはすごいですね。



いや、でも僕、そんなに器用な人間ではないんですよ(笑)。見た目や話し方で器用に見られることはあるんですけど、人と同じことを同じようにやるのが得意なわけでもないですし。ただ、その代わり、突出しているところは突出していると思っています。いろいろ経験してきた分、今は自分自身も強くなったと思いますね。



中本社長のように、いろいろなことに挑戦してみたいと思う若い方もいると思うんですが、実際に同じような道を歩むことについてはどう思われますか?



いや、僕と同じ人生の歩み方をおすすめするかと言われたら、おすすめはしないです(笑)。かなり大変なので。



そこはおすすめしないんですね(笑)。それでも、今仕事や人生で悩んでいる若い方に、ご自身の経験から伝えたいことはありますか?



僕はずっと、「自分でできるんだから、みんなも絶対できるはずだ」と思っているんです。弊社には一応、「今の努力が未来を変える。楽しめ、人生」という言葉があります。結局、自分自身も人生を楽しみたいですし、みんなにも楽しんでほしいんですよ。今が苦しくても、今頑張ることで将来が変わるかもしれない。そういう未来を想像しながら、頑張ってほしいなと思っています。



中本社長のお話を伺って、印象に残ったのは、思うようにいかないことがあっても、そこで挑戦を終わらせなかったことです。20代で立ち上げた整体院では、電気や水道が止まるほど生活が苦しくなり、その後に始めた事業でも、決して順調なことばかりではありませんでした。それでも、新しいことを始めたり、別の道を選んだりしながら、現在のZEROONEFILMへとたどり着きました。一つの挑戦がうまくいかなかったとしても、それまでの経験までなくなるわけではありません。中本社長がさまざまな事業で培ってきた経験も、今の仕事につながっているのだと思います。「今の努力が未来を変える。楽しめ、人生。」今の仕事や将来に悩んでいても、これからの行動次第で、新しい可能性が見えてくるかもしれません。中本社長、本日は貴重なお話をありがとうございました。

