「25歳で店長、30歳でバイヤー、40歳で社長」株式会社キャンビー・神戸社長を導いた「人とのつながり」

大学卒業後、スポーツ関連商品の販売を手がける会社に入社した神戸洋昭社長。

店舗勤務からキャリアをスタートし、25歳で店長、20代後半にはバイヤーを経験しました。若い頃から「25歳で店長、30歳でバイヤー、40歳で社長」という目標を持ち、そのイメージに近い形でキャリアを重ねてきました。

その後、一度はスポーツ業界を離れて別の仕事へ転職したものの、約4か月で退職。「やっぱりスポーツに関する仕事の方が楽しかった」と感じ、再びスポーツ業界へ戻りました。

複数の会社で経験を積んだ後、40歳で株式会社キャンビーを設立。現在は、野球選手やプロレスラーなどのライセンスを活用したアパレル商品の企画・販売を手がけています。

そんな神戸社長のこれまでを振り返ると、転職や独立、新しい事業を始めるタイミングで、周囲の人との関係が次の仕事を生むきっかけになってきました。

一方で、実際にいくつかの仕事を経験したからこそ、神戸社長自身が強く感じるようになったこともあります。

「仕事って、自分が楽しめることが一番いいかなと思います」

一度スポーツ業界を離れた経験も含め、いくつかの仕事を経験する中でたどり着いた考えです。

若い頃に描いた目標を追いながら、どのように自分に合う仕事を見つけてきたのか。そして、これまでの出会いが転職や独立、現在の事業にどのような影響を与えてきたのか。

これまでのキャリアと、神戸社長が仕事をするうえで大切にしていることについて伺いました。

お話を伺った人

株式会社キャンビー

代表取締役 神戸洋昭

大学卒業後、スポーツ関連商品の販売を手がける企業へ新卒入社。店舗勤務を経て店長、バイヤーなどを経験。その後、複数回の転職を経ながらスポーツ業界でキャリアを重ね、40歳で株式会社キャンビーを設立。現在はスポーツ選手やプロレスラーなどのライセンスを活用したアパレル商品の企画・販売などを手がけている。

目次

「好きなお店だったから」から始まった、スポーツ業界でのキャリア

編集部

神戸社長は、どうしてスポーツ業界で働くようになったんですか?そのきっかけから教えてください。

神戸社長

大学生の頃、渋谷に「ワールドスポーツプラザ」というスポーツのファングッズを扱うお店があって、よく通っていたんです。当時は格闘技のTシャツなども販売していて、それを見るのが好きでした。ちょうど大学4年生だった2002年に日韓ワールドカップが開催されたんですが、その時は日本代表が負けるまで24時間営業していたんですよ。「すごいことをするお店だな」と思って(笑)。

編集部

日本代表が負けるまで24時間営業(笑)。かなり印象に残りますね。

神戸社長

そうなんです。それで、その後お店のホームページを見たら新卒採用をしていることを知って、応募しました。採用していただいて、それが僕の社会人としてのスタートです。

編集部

実際に入社してみて、イメージとの違いはありましたか?

神戸社長

ありましたね。会社の主力商品は海外サッカーのユニフォームだったんですけど、僕は当時そこまでサッカーに詳しくなかったんです。格闘技のTシャツが好きだから、くらいの感じで入ったら、新卒の同期はサッカーマニアみたいな人たちばかりで(笑)。最初は話についていけないこともありました。でも、お客さんと話している中で教えてもらうことも多かったので、仕事をしながら少しずつ覚えていきましたね。

編集部

それは最初、周りとの差も感じそうですね(笑)。入社後は店舗で働いていたんですか?

神戸社長

そうですね。最初は店舗勤務でした。ただ、入社して半年くらいで新潟のお店へ行くことになったんです。アルビレックス新潟がJ1に昇格するタイミングだったので、「忙しくなるから、一番若手のお前が行ってこい」みたいな感じで(笑)。その後、ワールドスポーツプラザを運営していた会社の事業がABC-MARTに譲渡されて、僕もABC-MARTの社員になりました。ただ、会社は変わっても仕事自体はそのまま続けていました。それから25歳くらいで上野の店舗の店長になって、28歳くらいの時には本社で商品の仕入れを担当するバイヤーも経験しましたね。

編集部

店舗から始まって、20代で店長とバイヤーまで経験されたんですね。その頃は、先のキャリアについても考えていたんですか?

神戸社長

「25歳までに店長、30歳までにバイヤー、40歳までに社長」というイメージは持っていました。もともとは新潟で働いていた時の店長から、「そういう目標を持って仕事をした方がいい」と教えてもらったことがきっかけだったと思います。それで自分なりに節目を決めて働いていたんですけど、振り返ると店長もバイヤーも割とイメージしていた通りに経験できましたね。

年収は上がった。でも、4か月で辞めた

編集部

かなり目標に近いペースで進んでいたんですね。その後も、ずっとスポーツ関係の仕事を続けていたんですか?

神戸社長

いや、実は一度違う仕事に行っているんです。30歳か31歳くらいの頃だったと思うんですけど、それまで転籍はあったものの、感覚としてはほぼ一つの仕事を続けてきたようなキャリアだったので、「一回、違う仕事もしてみたいな」と思ったんですよ。ちょうどスカウトをもらった会社があったので、そこへ転職しました。企業の資産などを評価して、評価書をつくるような仕事でしたね。

編集部

初めてスポーツとは違う仕事をしてみて、どうでしたか?

神戸社長

4か月で辞めちゃいました(笑)。

編集部

4か月ですか(笑)。かなり早かったですね。

神戸社長

そうなんですよ(笑)。年収は新しい会社の方が高かったんです。でも、実際に働いてみたら、あまり仕事を楽しいと思えなくて。そこで初めて、「やっぱりスポーツ業界で働いていた時の方が楽しかったな」と感じたんですよね。次の仕事も決まっていなかったんですけど、それでも一度辞めました。

編集部

年収は上がったのに、それだけでは続けようと思えなかったんですね。

神戸社長

そうですね。何回か転職してみて感じたのは、仕事ってやっぱり自分が楽しめることが一番いいのかなということです。もちろん、楽しいだけではなくて、少しでも誰かの役に立てるかどうかということも意識しています。でも、自分自身が仕事を楽しめるかどうかは、僕にとって結構大きいですね。

思い出したのは、以前仕事で知り合った人だった

編集部

次の仕事が決まっていない状態で辞めたとのことでしたが、その後はどうされたんですか?

神戸社長

ちょうど夏のオリンピックをやっていた時期だったんですけど、テレビでスポーツを見ていたら、やっぱり「スポーツの仕事の方がいいな」と思って。それで仕事を探して、まずサッカーブランドの「SVOLME」に入りました。そこには1年くらいいて、その後、「サッカージャンキー」を展開する会社へ転職しましたね。

編集部

今度はまたスポーツ業界に戻ったわけですね。「サッカージャンキー」の会社へ移ったのは、どんなきっかけだったんですか?

神戸社長

実は、その会社の社長とは以前から仕事で知り合いだったんです。ABC-MARTでバイヤーをしていた頃に取引先としてやり取りをしていて、僕がABC-MARTを辞める時にも「辞めるんだったら来てください」と声をかけてもらっていました。ただ、その時はすでに次の転職先が決まっていたので行かなかったんです。でも、その言葉を何となく覚えていて。しばらくしてから「今どうしているのかな」と思って、Facebookのメッセンジャーで連絡してみたんですよね。

編集部

以前にもらった言葉を思い出して、自分から連絡してみたんですね。それで、そこから転職の話に?

神戸社長

そうなんです。面接も履歴書もなく、「来月から来てください」みたいな感じで(笑)。かなりラフな入り方でしたけど、結果的にはそこから8年くらい働きました。

編集部

面接も履歴書もなく入った会社で8年。かなり意外なご縁ですよね。 

神戸社長

本当にそう思います。当時は、その人とのやり取りが、後から8年間働くことになるなんて全く思っていませんでした。今って、一人でも楽しめることがすごくたくさんある時代だと思うんです。でも、いろいろな人と関わりを持っておくことは大事だと思いますね。転職だって、必ずスーツを着て面接を受けて、という形だけではないじゃないですか。意外なところにチャンスがあるかもしれないし、昔知り合った人と久しぶりに話したことが、何かにつながるかもしれない。だから、たまに会って話をしたり、お互いの状況を話したりすることも大切だと思っています。

編集部

まさに、その会社への転職もそういう形だったわけですね。そこでは8年働かれたとのことですが、独立についてはいつ頃から考えていたんですか?

神戸社長

入って間もない頃から、そこの社長には「ここでノウハウを身につけて、いずれ独立したらいいんじゃないか」と言ってもらっていました。僕自身も40歳で会社をやるという目標を持っていたので、40歳になった時に「自分で会社をやります」と伝えました。さっきのキャリアの目標も、新潟で働いていた時の店長から言われたことがきっかけでしたし、振り返ると、僕は周りの人にいろいろと導いてもらっているような気がしますね。

40歳で独立。「売れないかもしれない」と思った商品が広がっていくまで 

編集部

周囲の人からも背中を押されながら、40歳で独立されたんですね。実際に会社をつくる時には、「これを事業にしよう」というものは決まっていたんですか?

神戸社長

40歳で会社をやるとは決めていましたけど、「絶対これをやる」というものは、実はそこまでなかったんです。前職では、全国のスポーツショップに商品を取り扱ってもらう営業をしていたので、お店の方から悩みを聞いたり、「こういう商品があったらいい」という話を聞いたりすることが多かったんですね。だから、独立した後も、そういう経験を生かした仕事になるのかなとは思っていました。ただ、会社をつくった2021年10月は、まだコロナの影響が残っていた時期だったんです。スポーツショップにも十分お客さんが戻っていなかったので、それまでと同じことをするのが本当に正しいのかな、という迷いはありました。

編集部

これまでと同じやり方では難しいかもしれないと感じる中で、最初は何から動いたんですか?

神戸社長

以前に名刺交換をしたことがある人たちに連絡してみました。その中にスポーツ選手のライセンスを扱っている方がいて、「アパレルをやってくれませんか」と声をかけてもらったんです。ちょうど同じ頃、前職で知り合っていたイラストレーターの方からも、「一緒にオンラインショップをやりませんか」とお誘いを受けていました。それで、選手をイラストにしてアパレル商品をつくり、オンラインショップで販売することになったんです。

編集部

実際に始める時は、売れるイメージってありましたか?

神戸社長

いや、僕は「売れないかもしれない」と思っていました(笑)。そこまで期待していなかったんです。でも、実際に始めてみると、SNSやオンラインショップに「次はどんな選手が出るんですか」「この選手は商品化できないんですか」という問い合わせが来るようになって。「え、こんなのみんな好きなんだ」って、お客さんに教えてもらった感じでしたね。最初にスポーツショップで働いていた頃も、お客さんとの会話から教えてもらうことが多かったので、そこは昔と似ているかもしれません。

編集部

入社した頃と同じように、今回もお客さんの声から知ったことがあったんですね。商品は、そこからどんなふうに広がっていったんですか?

神戸社長

最初は野球選手を中心にしていたんですけど、半年くらいたった頃に、「これならプロレスもいいんじゃないかな」と思ったんです。僕自身、もともと格闘技やプロレスのTシャツが好きでしたから。それで、以前から知っているライセンス関係の方に相談して、アントニオ猪木さんや初代タイガーマスクさんなどの商品をつくるようになりました。そこから「この選手も加えませんか」と声をかけていただくことも増えて、少しずつラインナップが広がっていきましたね。

「何をやるか」以上に、「誰とやるか」

編集部

ここまでのお話でも、ライセンスを扱う方やイラストレーターの方など、周囲からの提案が新しい仕事のきっかけになっていますよね。今の事業でも、そういう始まり方は多いんですか?

神戸社長

多いですね。実は、僕から「これをやりましょう」と言って始めたものって、そんなに多くないんですよ。誰かから「こういうのはどうですか」と話をもらって、「わからないけど、とりあえずやってみましょうか」というパターンが結構多いんです。だから、周りの人から刺激をもらいながら、会社として成立しているような気がしますね。

編集部

「とりあえず一緒にやってみる」から始まることが多いんですね。では、一緒に仕事をする相手について大切にしていることはありますか?

神戸社長

そうですね。もちろん、もっと安くつくって利益を大きくする方法もあると思いますし、会社なので利益を出すことは大切です。でも、それだけを追求するより、「この人と一緒にやって、一緒に何かをつくった方が楽しいな」と思うんですよね。仕事なので、全部がうまくいくわけではありません。ただ、うまくいった時に一緒に喜ぶなら、全然知らなかった人よりも、これまで関わってきた人の方がいいじゃないですか。そういうところは大切にしています。

編集部

なるほど。そう考えると、「何をやるか」以上に「誰とやるか」に近い感覚なんでしょうか。

神戸社長

はい。一人で全部考えて、「これをやる」と決めて始めることもできると思います。でも、それだけだと少しエゴっぽくなりやすい気がしていて。僕はどちらかというと、誰かと一緒に考えたり、コラボしながら形にしたりする方が好きなんです。

編集部

今後も、そうやって誰かと一緒に新しいものをつくりながら事業を広げていきたいですか?

神戸社長

そうですね。会社なので、もちろん利益を出していかなければいけませんし、毎期「今年はここをやっていこう」と考えながら進めています。ただ、今ある一つの事業だけを大きくするというよりは、柱をいくつかつくっていきたいですね。それが必ずしもアパレルである必要はないと思っています。自分自身が仕事をする上で共感できることを、いろいろな形でつくっていきたい。今も一人で全部やるというより、誰かと一緒に何かをつくることが多いので、これからもそういう形で新しい仕事を増やしていけたらと思っています。

編集部

若い頃に「25歳までに店長、30歳までにバイヤー、40歳までに社長」と目標を描き、実際にそのイメージに近いキャリアを歩んできた神戸社長。一方で、その節目をたどっていくと、新潟で出会った店長の言葉や、以前の取引先との再会、独立後に受けた仕事の提案など、自分一人で計画したものではない出来事も次の選択肢を広げてきました。一度スポーツ業界を離れた経験から、自分にとって「楽しめる仕事」が何なのかを知り、独立後は「何をやるか」だけではなく「誰とやるか」も大切にしながら、事業を形にしてきました。目標を持って進むことと、周囲から生まれた機会に飛び込んでみること。その両方が、これまでのキャリアをつくってきたのかもしれません。神戸社長、本日は貴重なお話をありがとうございました。

株式会社キャンビー ホームページ

https://canbe.tokyo/

オンラインショップ コンビネーションミール

https://www.combinationmeal.com/ 

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