「人が心も体も健やかに生きるために、言語や宗教を超えて届くものは何だろう。」 Sion Inc.株式会社・和社長が、“音で人をつなぐ”シンギング・リンを考案した理由 

東京・神楽坂にあるSion Inc.(シオンインク)株式会社を訪れると、テーブルの上には、金属製のボウルのような楽器が置かれていました。同社が開発・製造する音響楽器「シンギング・リン®」です。

実際に鳴らしてもらうと、低く深い響きの中に、いくつもの高い音が重なって聞こえてきます。さらに手で触れてみると、器そのものが細かく振動していることもわかりました。

取材では、シンギング・リンを実際に鳴らしたり、複数の楽器が共振・共鳴する様子について説明を受けたりしたほか、複数のシンギング・リンに囲まれて音と振動を受けるセッションも体験させていただきました。

シンギング・リンは、単なる「きれいな音を聴く楽器」ではありません。銅と高純度のケイ素を主体とした独自の合金と、日本の職人による伝統技術を用いて作られた日本発の音響楽器です。同社では20年以上にわたり、音響解析や脳波測定など、さまざまな大学での学術研究にも取り組んできました。

この楽器を考案したのが、Sion Inc.株式会社代表の和真音社長です。大学院では教育心理学を学び、その後、ご主人の仕事の関係でアメリカへ。幼い娘の病気、ニューヨークでの9.11、自身の体調悪化などを経験する中で、和社長は「人の心と体が健やかであるためには、何ができるのだろう」と考え続けてきました。

その先でたどり着いた一つの答えが、「音と振動」でした。

今回はシンギング・リンを実際に体験しながら、その仕組みや開発の背景、20年以上かけて積み重ねてきた研究、そしてこの楽器を通して目指している未来について、詳しくお話を伺いました。

お話を伺った人

Sion Inc. 株式会社

代表 和 真音(かず しおん)

大学院で教育心理学を学んだのち、結婚を機に渡米。ロサンゼルス、ニューヨークで約8年間生活。幼い娘の闘病や9.11、自身の体調不良などを経験する中で、人の心と体、そして平和について考え続ける。帰国後、「音と振動」に着目し、2004年12月に音響楽器「シンギング・リン®」を完成。現在は楽器の製造・販売に加え、サウンドセラピー、セラピスト・パフォーマーの育成などにも取り組んでいる。

目次

娘の闘病、9.11。「人が健やかに生きるには」と考え続けた

編集部

和社長は、今のように心のケアが広く認識される前から、人の心に関わる分野について学んでいらしたんですよね。まずは、その頃から現在のお仕事に至るまでの歩みを伺わせてください。

和社長

はい。私はもともと、大学院で教育心理学を勉強していました。当時はまだ、日本に今のような臨床心理士の制度が整っていない時代だったんです。今ならスクールカウンセラーがいたり、産業カウンセラーがいたり、心の問題を相談できる場所もありますよね。でも、私が大学院にいた40年ほど前は、まだそういう環境がほとんどありませんでした。

編集部

今とは、心の問題に対する社会の向き合い方自体がかなり違ったんですね。

和社長

そうですね。その後、大学の助手を経て結婚しまして、主人の仕事の関係でロサンゼルスとニューヨークに8年ほど暮らしました。アメリカへ行ってみると、心の問題に対するサポートは日本より進んでいると感じましたね。

編集部

実際に暮らしてみて、そういう違いが見えてきたんですね。

和社長

はい。ただ、そのアメリカでの生活の中で、私自身もいろいろな経験をすることになりました。子どもが2人いるんですけれども、下の娘が生後3か月のとき、ロサンゼルスで小児がんを発症したんです。それから6年間、アメリカで治療を受けました。

編集部

生後3か月ですか…。それは本当に大変でしたね。

和社長

そうですね。アメリカの西洋医学の進歩や素晴らしさを実感する一方で、病気になると、体だけではなく心も折れてしまうんですよね。そういうときに、どうやって心を支えるのか。アメリカでは宗教が一つの大きな支えになっていますし、道徳教育にもつながっています。でも私は、特定の宗教に強く依存していたわけではありませんでした。だから、「心の健やかさを保つためには、どうしたらいいんだろう」「どうしたら心と体が健やかでいられるんだろう」ということを、アメリカにいる間ずっと考えるようになったんです。

編集部

娘さんの治療を支えながら、ご自身の中でも「心と体の健やかさ」というテーマが大きくなっていったんですね。

和社長

そうですね。異国にいたこともあって、余計に強く考えたんだと思います。その頃はちょうど2000年問題もありました。ニューヨークに住んでいたんですけど、「何が起こるかわからない」という不安が街中にあって、シェルターを作る人がいたり、マンハッタンから離れる人がいたりして。主人がコンピューター対策の責任者だったので、私たちはニューヨークに残ったのですが、震えるような思いで2000年の年越しをしたのを覚えています。

編集部

日常の中に、かなり強い緊張感があったんですね。

和社長

そうなんです。そして、そのあとに9.11が起きました。主人はマンハッタンに勤務していて、私たちは郊外に住んでいたんですが、実際に煙が上がっているところも目にしました。その後は全米から消防士さんやボランティアの方が集まってきて。私も子どもの分に加えて毎朝お弁当を作って、学校を通じてそういう方たちに渡すことを続けていました。街には迷彩服を着た人たちがいて、上空には戦闘機が飛んでいる。「このまま戦争になるんじゃないか」と感じる状況でした。

編集部

ニュースで見るのと、その中で実際に生活するのとでは、まったく違いますよね。

和社長

全然違いますね。その中で、人種差別もありましたし、言葉の壁もある。宗教も違う。本当にいろいろなことを経験しました。だからこそ、「人間が平和に暮らすにはどうしたらいいんだろう」「心と体が健やかな状態を、どうやったら作れるんだろう」ということが、自分の中ですごく大きな問いになっていったんです。

編集部

娘さんの病気から始まって、異国での生活や9.11まで、いくつもの経験が重なっていったんですね。

和社長

そうですね。9.11から半年ほどして、日本へ帰国してもいいという会社からの通達が出て、家族で帰ってきました。日本へ戻ると、子どもだけで道路を歩いていることにも驚いたんです。「なんて平和な国なんだろう」と思いました。ところが、その半年後に今度は私自身の体調が大きく崩れてしまって。免疫力もどんどん落ちて、本当に死ぬ一歩手前まで追い込まれました。

編集部

帰国して、ようやく少し落ち着けると思った矢先に……。

和社長

そうなんです。そこまで追い込まれたときに、もう一度、「自分が生きていくってどういうことなんだろう」「人が平和になるために、自分に何ができるんだろう」と考えるようになりました。そこから、「言語や宗教を超えて人に届くものは何だろう」と考えていくことになるんです。

「言語や宗教を超えるもの」を考えたとき、浮かんだのが“音響”だった

編集部

そこから、どうやって「楽器を作ろう」というところまで行くんでしょう?

和社長

「言語や宗教を超えられるものって何だろう」と考えたときに、一つ浮かんだのが音響だったんです。音楽というより、「音と響き」、つまり振動ですね。

編集部

“曲”ではなく、音そのもの。

和社長

そうです。音や振動なら、言葉が違っても伝わりますよね。それで、オーケストラのことを考えたんです。それぞれ違う楽器があって、それぞれが違う音を持っている。でも、みんなで演奏するためにはチューニングをする…。これって、「人間も同じなんじゃないか」と思ったんです。

編集部

言われてみると、たしかに…!

和社長

言葉も、宗教も、文化も違う。一人ひとり個性がある。でも、音の周波数によって一緒にチューニングするようなことができれば、人同士がつながるきっかけになるかもしれない。もちろん、その時点では仮説です。でも、それを実現する道具を作りたいと思いました。

編集部

そこから、ご自身で設計図を?

和社長

はい。2002年頃に構想して、設計図を書きました。ただ、周りに話しても、当時はまだ楽器そのものがありませんから、「ニューヨークから帰ってきて、急に変なことを言い始めた」と思われてしまって(笑)。

編集部

形もない状態で「音で人や世界をチューニングする」と言われたら、確かに当時はなかなか想像できないかもしれません(笑)。

和社長

そうなんですよ。でも、自分の中には構想があったので、それを実際の形にしていきました。そこから試行錯誤して、2004年12月に完成したのが現在のシンギング・リンです。

実際に鳴らして、触れて、セッションまで体験

編集部

目の前で見ると、金属製のボウルのような形なんですね。写真だけでは、この立体感まではわからなかったです。

和社長

そうですね。球体に近い形になっていて、その形もかなり細かく設計しています。金属も一般的なものではなく、この楽器のために作った合金です。銅と高純度のケイ素を使っていて、それを日本の職人さんが一つひとつ彫刻して作っています。

編集部

では、実際に専用のスティックでシンギング・リンを奏でてみてもいいですか?…おぉ…、最初に聞こえる低い音だけではなく、その奥から高い音が重なるように響いてきますね。それでいて、音がすぐに消えるのではなく、長く空間に残っていくのも印象的です。…あ、かなり振動していますね。音を「聴く」というより、手でもわかるくらいです。

和社長

そうなんです。一般的には音は耳で聴くものだと思われていますけど、音響というのは振動なんですよ。この振動が空気にも伝わって、空間全体に広がっていきます。

編集部

だから音源で聴くのと、ここで鳴らすのとでは印象が違うんですね。

和社長

はい。やっぱり、生で体験していただくとわかりやすいですよね。シンギング・リンは、低い周波数から高い周波数まで、たくさんの周波数が一度に出ています。同じように精密に作られたシンギング・リン同士は、一つを鳴らすと、ほかのシンギング・リンにも共振・共鳴が起きるんですよ。

編集部

「共鳴」と聞くだけだと少し不思議な世界の話にも聞こえますけど、実際には音と振動による現象なんですね。

和社長

そうなんです。そこはすごく大事で、私たちが扱っているのは物理現象なんです。シンギング・リンについては音響解析も行われていて、複数の周波数を含む倍音構成や、楽器同士の共振・共鳴についても検証を続けています。

根拠のない「スピリチュアル」ではない。20年以上も学術的な研究を重ねてきた

編集部

先ほど、横になった状態で、体の周囲に複数のシンギング・リンを置き、一つずつ音を鳴らしていく…「音や振動で心身を整える」セッションも体験させていただきました。

和社長

ええ。いかがでしたか?

編集部

最初は「どれが鳴っているんだろう」と音を追っていたんですけど、途中から、音が一つずつ聞こえるというより、空間全体に包まれているような不思議な感覚になりました。なんというか、「音の中にいる」という表現の方が近いですね。そして振動に体の表面をなぞられていく感じ…正直、気持ちがよくて寝てしまいました(笑)。実際に体験すると、「不思議な音ですね」で終わらせるのはもったいないと感じましたね。一方で、少なからずこれはスピリチュアルなものだと思う方もいそうですが…。

和社長

そこは、私たちもすごく気をつけています。スピリチュアルそのものを否定しているわけではないんです。でも、科学的な根拠がないものを、それらしく見せて販売するようなこととは一線を引きたいと思っています。私たちは大学での学術的な研究も続けていますし、医療関係者の方にも関わっていただいています。だから、むやみに広告宣伝をして大きく広げるようなことも、これまではしてきませんでした。

編集部

公式サイトにも、音響解析や脳波測定など、かなり多くの学術研究データが掲載されていますね。

和社長

はい。20年以上やってきた中で、一つずつ検証してきました。自分たちが「いいと思います」と言うだけではなくて、実際に測定してみることを大切にしているんです。

編集部

取材前は、私自身も「ヒーリング系の楽器」というイメージが少しありました。でも、実際にシンギング・リンを触って、共鳴する仕組みについて説明を受けて、研究についても聞いていくと、少なくとも御社が感覚だけではなく、検証できる形でこの楽器を伝えようとしていることはよくわかりました。

和社長

ありがとうございます。そこをきちんと知っていただけるとうれしいですね。

編集部

もう一つ、実物を見て驚いたのが、これを日本の職人さんが作っているというところです。

和社長

そうなんです。海外にも長く住んでいましたけど、日本人の手先の器用さや、ものづくりの技術は本当に素晴らしいと思っています。シンギング・リンにも日本の伝統工芸の手法を使っていて、それがないと作れない部分があります。

編集部

機械で大量に同じものを作る、という楽器ではないんですね。

和社長

そうですね。職人さんも限られています。だから、この楽器を世界に広げていくことは、単に商品を販売するだけではなくて、日本の伝統技術を次の世代へ継承していくことにもつながると思っています。

編集部

世界へ広がれば、その技術を使う仕事自体も残っていく。

和社長

そういうことですね。伝統工芸の灯を絶やさないという意味でも、大切にしていきたいと思っています。

20年かけて作った土台を、これから世界へ

編集部

これまでは広告宣伝をあまりされてこなかったとのことですが、今後は少しフェーズも変わっていくのでしょうか。

和社長

そうですね。この20年間で、学術研究データを取ったり、実際に使ってくださった方のお声を集めたり、音響療法のプログラムを構築したりということを続けてきました。かなり体系化できてきたので、これからは少しずつ広げていきたいと思っています。今までは個人で使ってくださる方が多かったのですが、最近はBtoBでのお話も出てきています。それから、セラピストやパフォーマーを育てる仕組みも作りました。海外から学びに来られる方もいて、多言語への対応も始まっています。

編集部

20年以上かけて土台を作って、ようやく広げる段階に入ったんですね。

和社長

そうですね。急激に広げればいいとは思っていないんです。シンギング・リンは職人さんが一つひとつ作っていますから、急に大量生産しようとすれば品質にも関わります。需要を少しずつ育てながら、作れる職人さんも育てていく。その両方を一緒に進めたいと思っています。

編集部

そうなると、一緒に働く方にも、単純に「たくさん売りたい」というだけではない価値観が必要になりそうですね。

和社長

そうですね。会社としてきちんと利益を出すことはもちろん大切です。みんなが生活できなければ会社として続きませんから。ただ、利益が出たら全部自分たちのためだけに使うのではなくて、余力ができたら社会にも還元する。そういうことを共有できる方と、気持ちよく一緒に仕事ができたらいいですね。

編集部

利益を出すことと、社会のためになることを別々に考えない。

和社長

そうですね。両輪だと思っています。一気に借り入れをして拡大するような経営もしてきませんでしたし。今年より来年を少し良くする。その次は、さらに少し良くする。そうやって10年先を見ながら進めています。

編集部

大学院で心理学を学び、アメリカで娘さんの闘病を支え、9.11を経験し、自身の体調も大きく崩した…。そうした経験の中で生まれた「人が心と体を健やかに保ち、平和に生きるために何ができるのか」という問いが、20年以上経った今も、シオンインクの事業の中心にあります。今回、実際にシンギング・リンを鳴らし、手でその振動に触れ、セッションまで体験させていただきました。一見すると美しい音を奏でる楽器ですが、その背景には、独自の設計や日本の職人技、20年以上にわたる研究の積み重ねがあります。実際にその音と振動を体験したことで、シンギング・リンが単なる「癒やしの楽器」ではなく、和社長が長年向き合ってきた問いや研究、ものづくりへの思いが重なって生まれたものなのだと、より深く理解できました。和社長、本日は貴重なお話と体験の機会をいただき、ありがとうございました。

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