コードを書いた経験はゼロ。それでも、AIと走り続けた。株式会社セント・ミュージック・大石さんの「TateGaki」が4万インストールに広がるまで

自分には専門的なスキルがないから、新しいことを始めるのは難しい。そんなふうに、最初から選択肢を狭めてしまうことはありませんか?
株式会社セント・ミュージックの取締役である大石智彦さんも、もともとはエンジニアではありません。ITベンダーで営業に携わった経験はあるものの、自分でコードを書いたことはなかったといいます。
そんな大石さんがAIと出会い、娘さんの宿題をきっかけに開発したのが、Googleドキュメントで縦書きを扱うためのプロダクト「TateGaki」です。

「だったら僕が作ったら、みんなの役に立つんじゃない?」
その思いつきから始まった開発は約2か月。公開後は利用が広がり、2026年9月末時点で累計4万インストールを超えました。
なぜ、コードを書いたことのない大石さんがプロダクトを完成させることができたのか。そして、実際にAIとものづくりをしたからこそ感じた、人間に必要な力とは何なのか。詳しくお話を伺いました。
株式会社セント・ミュージック
取締役 大石 智彦
大学卒業後、大手ITベンダーに入社し、営業として顧客とエンジニアの間に立つ仕事を経験。独立後は、音楽家である妻と株式会社セント・ミュージックを経営しながら、中小企業や経営者のバックオフィス業務などを支援する。AIとの出会いをきっかけに個人開発を始め、Googleドキュメントで縦書きを扱うための「TateGaki」を開発。
コードを書いたことはゼロ。AIとの出会いから始まった個人開発

編集部大石さんが「TateGaki」を開発するまでの、キャリアの歩みから伺ってもいいですか?



今は妻と一緒に株式会社セント・ミュージックを経営していますが、名前に「ミュージック」とある通り、妻が音楽家なんですよ。僕自身も音楽は趣味でやっていますが、仕事にはしていません。妻は音楽が得意な一方で、事務作業のようなことが苦手だったので、そこは僕が担当していました。それだけでは仕事量も限られるので、中小企業や一人社長の方からバックオフィス業務を受けることもしていましたね。



もともと、ITには関わっていたんですよね。



そうですね。独立する前は、大手のITベンダーで営業のような仕事をしていました。お客様の話を聞いて、それをエンジニアに伝えて、できたものを納めるような立場です。パソコンには興味がありましたし、Excelなども得意でしたけど、自分でコードを書いたことは全然なかったんです。



そこから、ご自身でプロダクトをつくるようになるきっかけは何だったんでしょう?



バックオフィスのお手伝いで入った会社のシステム部門がすごく忙しくなっていて、「ちょっと助けてほしい」と言われたことがあったんです。そこにAIにすごく詳しい方がいて、その方がAIを使っているのを見ていたら、「こんなこともできるんだ」「こんなこともできるんだ」と、だんだん楽しくなってきて。僕が「ゲームを作ってみたい」と言ったら、「いいですね」と褒めてくれたんですよ(笑)。



褒められたら、やってみたくなりますね(笑)。



そうなんです。それで嬉しくなっちゃって、実際に作って見せたら、また「いいじゃないですか」と言ってくれて。それで徐々にAIに触る機会が増えて、「こんな僕でもできるんだ」と思えるようになったことが、最初の大きなきっかけでした。
娘の宿題で見つけた「縦書きができない」という不便



そこから、どうして「TateGaki」というプロダクトにつながったんですか?



僕には娘が2人いて、冬休みに学校のテストをやり直すという宿題が出たんです。でも、もう一度解くには、一度書き込んだ問題用紙をきれいな状態に戻す必要があって。そこで妻が、写真から手書き部分だけ消して、もう一度解けるようにするアプリを見つけてきたんですよ。ただ、月額でお金がかかると聞いて、「えっ、それにお金かかるの?」って、ちょっとケチ根性が出まして(笑)。



そこで「自分でなんとかできないかな」と思ったんですね。



はい。それならClaudeに写真を渡して、「手書きの部分を消して」とお願いしたらできるんじゃないかと思って、やってみたんですよ。そしたら算数は、びっくりするくらいきれいにできたんです。「やるじゃん、これでいいじゃん」と思って、そのままA4で印刷して娘に渡しました。でも、次に国語をやったら、今度は全然ダメだったんです。文字が何も読めないくらい潰れてしまって。



算数と国語で、そんなに差が出たんですね。



そうなんです。それで原因を調べてみたら、算数の問題用紙は横書きだったのに対して、国語は縦書きだったんです。どうも、この縦書きの部分がうまく処理できていないみたいで。さらに調べていくと、Googleドキュメントにはそもそも縦書きの機能がないとわかりました。「え、縦にしたいだけなのに」と思いましたね。そこで、それまでゲームを作っていた経験とつながって、「だったら自分で作るか」というノリから始めたんです。



なるほど。最初から事業にしようと思っていたわけではなかったんですね。



全然考えていなかったです。本当に「こういう機能があったら便利だな」というところからでした。一応、作る前に既に使えるサービスがないか調べたんですが、無料でずっと使えるようなものが見つからなくて。「だったら僕が作ったら、使いたい人もいるんじゃないか」と思ったんです。それに、子どもの勉強を見ている中で、漢字だったり縦書きだったり、日本の文化って大事だなと感じていた時期でもありました。世界中で使われているGoogleの中にも縦書きの機能がないと知って、「じゃあ、ここは自分で作ってみよう」と考えたんです。
誰が使うかわからない。それでも、最後までつくり切った



とはいえ、コードを書いた経験がない状態からですよね。開発はどこから始めたんですか?



最初からコードを書かせるのではなく、「どうやったら実現できるんだろう」というところから、Claudeとずっと壁打ちしました。会話が長くなると、自分でも「何を指示したっけ?」とわからなくなってくるので、一日の終わりに、その日の内容を引き継ぎ用のファイルにまとめてもらって。次の日は新しいチャットを開いて、それを読み込ませて再開する。自分も頭をすっきりさせて、Claude側も一度整理された状態から始めるようにしていました。



それを毎日繰り返していたんですか?



はい。後からエンジニアの方に聞いたら、そういうのを「コンテキスト管理」と言って、すごく大事なことだったらしくて。当時はそんな言葉も知らなくて、ただ自分がわからなくなるからまとめてもらっていただけなんですけどね。最終的には、開発時の引き継ぎ資料がバージョン32くらいまで溜まりました。



32……! かなり試行錯誤されていますね。



わからなすぎて、たぶんエンジニアの方よりAIとの会話回数は多かったと思います(笑)。横文字が出てきた瞬間に「ごめんなさい、どういうことですか?」って聞くので、どんどんチャットが長くなるんですよ。



あぁ、それ、めちゃくちゃわかります(笑)。



ある程度方針が固まったら、「荒くていいから、一度動くものを作ってくれ」とお願いして。実際に触ってみると、「ここはできないんだ」「思っていたのと違う」というところが見えてくるので、それをまた相談して直していきましたね。正直、「これ、作り切れるのかな」「作ったところで誰が使うかもわからない」という不安はありました。でも、ここまで作ったら完成させたいな、と。最後はその気持ちで走り切りました。先輩のエンジニアからは、「いい意味での怖いもの知らずは大事だったね」と言われました(笑)。
娘の宿題から始まった「TateGaki」が、4万インストールへ





最初はご家庭の困りごとから始まったものが、公開後はかなり広がりましたよね。



学校で使うなら、400字詰めや200字詰めの原稿用紙があれば十分かな、というところで、最初は無料で公開したんです。ただ、使っていただく中で、小説を書いている方や同人小説を作っている方、編集をされている方などにも需要があるとわかってきました。そういう方にとっては仕事にも使うツールになるので、途中からプロ版として課金モデルも実装した形ですね。



どんどんと用途が広がっていったんですね。



そうですね。今では、海外からも問い合わせが来るようになりました。アメリカの日本語補習校から「授業で使いたい」と連絡をいただいたり、インドネシアで日本語や日本文学を学んでいる学生から「原稿用紙のような形で書きたい」と相談をいただいたりしています。もともとは日本だけで使えるようにしていたので、そういう問い合わせを受けながら、対応できる地域を少しずつ広げているところです。



取材前に調べたのですが、4万インストールもされていますよね…!どうやって利用者が増えていったんですか?



最初は広告を出したわけではなくて、ウェブ上の検索から見つけてもらうことが多かったと思います。たとえば、Googleドキュメントで縦書きができなくて困っている人って、「Googleドキュメント 縦書き」みたいな言葉で検索するじゃないですか。今回のサービスは、まさにその困りごとを解決するものだったので、検索した時に見つけてもらいやすかったんだと思います。



なるほど…!たしかに、実際にその言葉で検索をかけたら、一番上に「TateGaki」がヒットしましたね…!



最初は1,000人くらい使ってくれたら十分だと思っていたんですけど、3,000人になった時は嬉しくて、そこで一度PRも出しました。その後も少しずつ検索などから見つけてもらって、利用者が増えていきましたね。今はいろいろな学校からもアクセスがあります。自分の子どもの宿題から始まったことでしたけど、本当に必要としている方がいるのであれば、その人たちに応えられるように、もっといいプロダクトにしていきたいと思っています。



大きな市場を狙ったというより、小さいけれど確実に困っている人がいるところから始まっていますね。



僕は、個人開発にはそこを埋められる可能性があると思っているんです。企業として利益を追うのは当然ですけれど、ものすごく大きな利益にはならなくても、「これがあったら便利なのに」と思っている人がいるものって、どうしても優先順位が後になることもあると思うんですよね。そういうところを個人開発で埋められる可能性があるんじゃないかって。
AIにお願いはする。でも、手綱は手放さない





ここまでのお話を聞いていると、大石さんはコードを書いた経験がないところから、AIとやり取りを重ねながら一つのプロダクトを完成させていますよね。実際にそこまでAIを使ってみたからこそ、「人間側にはこういう力が必要だな」と感じたこともあったんじゃないですか?



僕がAIと関わっていて感じるのは、「仕事をAIに奪われる」というより、AIと一緒にどう自分のポジションをつくるかが大事になるということです。そのためにはまず、「何が問題なのか」「何が不便なのか」に気づくことだと思うんですよ。「ここ、もっとこうなればいいのに」と思った時に、「そんなもんだよな」で終わらず、「なんでなんだろう」「誰も作った人がいないのかな」と調べてみる。そこにもAIは使えますよね。



「TateGaki」も、まさに「なんでできないんだろう」から始まっていますもんね。



そうですね。もう一つ大事なのは、言語化する力だと思います。「なんとなく不便」ではなくて、「ここがこうなっているから、私はこういうふうに不便を感じる。これはどうしたらいいんだろう」と言葉にできれば、AIに相談できるようになりますよね。



たしかに、「いい感じにして」みたいなあやふやな指示だと、めちゃくちゃなものが出力されることもありますよね。



そうなんですよ。それと、AIって賢いけど、普通に間違えるんです。だから、いい意味でAIを信用しながら、AIを疑う力も必要だと思っています。



AIを疑う力…。



「TateGaki」を開発する中でも、テストではあえて失敗するパターンを作らせることがあります。AIはこちらの期待に全力で応えようとして、正解を出そうとするんですよ。でも、僕もAIも「これで正解だ」と思っている時こそ危ない。だから、わざと大きくずれた状態を作らせて、「これはアウトだよ」と確認することもしています。



成功するかだけではなく、「どうなったら失敗なのか」まで確認するんですね。



そうです。AIに任せきりにせず、人間が手綱を握ることが大事だと思っています。お願いはする。でも、手綱は手放さない。そのためには、知識や経験も必要になります。AIは便利なので使えばいい。でも、全部を任せるのではなく、自分で「これは大丈夫なのか」と考えられる人は、これから働いていく上でも魅力的な人になれるんじゃないかなと思います。



なるほど。AIを使う力だけじゃなくて、受け取ったものを自分で判断する力も必要なんですね。



それと、AIは長い文章で返してくることも多いので、話す力だけではなく、読む力も必要ですよね。人間同士の会話と近いところがあって、相手の話を最後まで聞かずに自分のやりたいことだけを押しつけても、なかなかうまくいきませんから。AIが「ここはちょっと怖いですよ」とアラートを出しているなら、一度止まって、翌日にもう一度検証してみる。そうやって付き合っていくと、よりいいものができるんじゃないかなと思っています。



娘さんの宿題をきっかけに感じた、「縦書きにしたいだけなのに」という小さな不便。大石さんはそこから「だったら自分で作ってみよう」と動き出し、コードを書いた経験がない状態から、AIとのやり取りを重ねながら「TateGaki」を形にしました。開発を通して大石さんが大切にしているのは、AIにすべてを任せることではありません。「お願いはする。でも、手綱は手放さない。」AIを使いながらも、問題に気づき、言葉にし、出てきた答えを自分で確かめる。その姿勢は、これからAIと仕事をしていく人にとっても、一つのヒントになりそうです。大石さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

